【この雨が上がったら。】 「で、話は出来たの?」 雨季にしか使われないと言うそれはそれでも要人のもてなしに供されると言う豪勢な作りで、四千年を誇る王宮でも自慢の一品らしい。男女分けて有るのも女王をそれなり輩出したと言うこの国の歴史を物語っている。どうやら女性用の方が細かい設備が豪華らしいのだが。それをたった二人で使えるのだから贅沢この上ない。 ゆったりと泳げる浴槽に浸かっていると気分の開放された今、この気持ちの良さの中で言葉は少なめだ。嬉しい事もそうで無い事も。 壁向こうにナミが撃ち落した連中の騒ぎも少し静かになった。 あの馬鹿どもの垢も少しは落ちてくれると良いが, 期待するだけ間違っている。とはナミの言葉だ。 宴は賑やかに終わった。 あの熱気はまだ付き合った兵隊に残ってうつっているらしい。 雨上がりの傷だらけの王宮のあちこちで鼻唄や笑い声が聞かれた。 これから再生する人々の糧となったろうか。 「とてもゆっくりとは・・・。」 ビビは横に首を振る。 「そう。」 彼らは行ってしまうのに。 雨はまだ今日も降っている。 静かな雨はそのまま大地に染み込んで行く。 国中でも雨が降っていると連絡が有った。 同じ雨がここにも同じく降っている。 あれほど高かった熱はようやくひいた。 もはや昏睡とは言うまい、後はこいつの回復を待つだけだ。初日はその介抱を人任せにしてしまった船医が夕方そう告げた。そこまでつきっきりだったチョッパーは後は任せたとビビに告げて今は横で寝ている。 次の夜までには起きてきた他のクルーもビビが横に付いているのを見ると肩を叩いたり手を振ったりで任せっきりだった。 ビビはベッドの横に昔の自室からお気に入りだった椅子を持ちこんだ。 長時間座っても気持ちの良いもので、外遊した時に気に入ってパパにねだったものだ。 それも今では背が伸びた自分にあわせて調節しないと駄目になっていたけれど。 タオルを変える時に手を額に当ててみる。 ホンの少し高いかもしれないけど、殆ど平熱。 顔色も良くなってきた。 良かった。目が醒めたら何と言おう。 話したい言葉は一杯有る。 でもきっと胸が一杯になって何も言えない。 そしてルフィさんも長い話など聞いてくれまい。 何と言おう?目が醒めたら。 傍らで雨のリズムを聞きながら過ごす時間はいつまで続いても厭きない。 何だか明るい所に来た。 さっき鳥のおっさんに手を振った。 くれた肉は美味かったからその礼を言ったら笑ってた。 明るいからぼんやりと見れば・・なんだ・・やっと笑ってんな。 そうか。 そうだ。 仲間だからな。 ルフィの睫毛が少し震えた。 「あ。」 椅子からビビは立ちあがった。 瞼が上下に分かれて動く。 黒い瞳が見えた。 被るように覗けば靄がかかっているかのように焦点があっていない。 「ルフィさん?目が醒めたの?」 まだぼんやりしている。 それはそうだ。深い休息だったのだから。 ゆるゆると首を巡らせてこちらを見る。 「・・やっと笑ってんな。」 伸ばした手が頬に触れる。 ゆっくりと顔が動いて、しししと笑った。 満面の笑顔に言葉が詰まる。 目が開いた事がこんなに嬉しい。 笑ってくれた事がこんなに嬉しい。 なのに舌に錘が付いたように何も言えない・・・でも。 「ル・・・・・」 そのまま答えを待たずに手は下に落ちて目は閉じた。 まさか又悪化したとか? 「ルフィさん?ねぇ?ちょっと!」 呼吸は、すうすう言ってる。 「あーーこりゃ寝ぼけてやがる。」 いつの間にいたのかMrブシドーが後ろから覗き込んでいた。 「寝ぼけて??だって話もしたのに。」 「たまにやるわね。後で聞いても全然覚えてないの。置きあがらないだけマシね。」 「俺が今までに聞いたのは全部飯絡みだったけどな。噛み付かれた事も有るぜ。」 後ろからナミもサンジもルフィの顔を覗き込んでそれぞれにその頬を伸ばしてみるが、反応がない。 「え??」 ナミはニヤニヤ笑いながらビビの方を向いた。人さし指でおでこを突付く。 「これだけ沢山の雨が降っても仕方ないわ。 何にも考えてなんかないくせに・・アンタの事、余程気になってたんでしょ。」 「飯よりもか?そりゃぁ凄げェ。」 一瞬にしてビビの全身が朱に染まった。 「さてこれが出たって事はこいつが起きるのは今日か明日だな。 買い物ついでに厨房の方に言っとくよ。」 サンジが請け負ってベッドに置いたジャケットを手に取り部屋を出て行った。 ゾロも黙ってその後を行く。 「あ・・・雨が上がったわ。」 ふっと感じて表を見たナミが歓声を上げた。 雲が切れて晴天が顔を覗かせ始める。 まだ降り残る雨の隙間にいきなり日の光が矢のように大地に突き刺さる。 強い日差しはたっぷり雨を吸った大地を乾かし、国中の緑を甦らせるだろう。 雨後の太陽はその強さも嬉しいものだ。 この雨が上がったらきっとルフィさんは目を開ける。 起きたら何と言おう。 この雨が、上がったら。 |
Photo by Tomoyuki.U |