銀魂アニメ195話から199話『陰陽師編』のラストより




「ちょ・・・・銀さん?銀さんなの?」
不夜城と呼ばれる江戸の街の灯りも流石の昨日の嵐の中では消えていた。店もお休みとの連絡に飛ぶ物もない貧乏道場で一人でテレビを見ておせんべいをかじってた。テレビでは唯一残った誰かさんの大好きなお天気お姉さんが笑顔で晴れを宣言していた。いつの日からかこういうときに帰ってこない弟の事を心配しなくなっている。嵐は突然一気に収束し、次の日はここのところ続いた曇り空を一気に吹き飛ばすように一日晴れたおかげで朝のうちに貯まってた外の用事をすませたし仕事は思ったより盛況だったから当然手当てが見込めるくらいに稼いできた。その帰り。
意識を失った知り合いが目の前に。
さて。




百鬼夜行に送られて、ずっと一緒だったはずの神楽は途中で美味そうな臭いがしたとどういう知り合い何だか判らない出店に駆けて行き、最後まで面倒を見てくれるはずの新八はこれまた途中で明日はお通ちゃんの新作フィギュアがでるんだった!嵐も終わったし今から並ばなきゃ!銀さんならもう大丈夫ですよね! とあっさり銀時を置き去りにした。

夜空に星が瞬いてる。お天気お姉さんの予報通り上々。
雨の後で澄んだ空気の中、遠くに見えてきたお江戸の街の灯がはっきり見える。
大きく伸びをした。あくびが出る。
なじみの空間に戻ってきたら身体の方がちらほら悲鳴を上げ始めた。

古巣の歌舞伎町までもう少し。ただ歩けばいいはずがいつの間にか立つのもおっくうになっている。結野の家で世話になったとは言いながらそう甘えるわけにもいかない侍の美学が邪魔をしたんで、実は銀さん体の方も結構きつめ。ぼやこうにも愚痴ろうにも一人じゃやせ我慢も張れません。
あーー苺パフェ喰いてーー俺ジャンプのヒーローだし、糖分さえとれば次週号じゃ復活してんだけどなー。あーそーいや今回ぜーんぜん糖分取ってないよなーーこれってヤバイよなーーちょっと意識が遠くなりそう。本当に銀さんピーンチー?とか口にしたら本当に上体がぐらついた。
ここからじゃくそ婆付きの自宅までまだ歩いて一時ほど。
大丈夫・・なはず。
あれ?
銀時の視界に薄く霞がかかる。

「ちょっっっ・・・銀さん!??銀さんなの?」
誰の声とは判ったがこんな所にどうしてと思う間もなく視界は完全に白濁し、意識は遠のいた。
「銀さんったら!」






タライの中の水音がした。ぎゅっと絞る手ぬぐいの音が響く。温んでいた手ぬぐいが消えた感触と帰られた心地よさ。一緒にふれられた柔らかい手。まだ目のあかないうつろな意識の中で何となく眩しい。朝が来たような気がしてる。
「熱は下がったわね」
温かい手が遠のく。かわりの少し冷たく濡れた物が額から目の上に乗せられた。立ち上がる気配。がらっとふすまの開く音がして柔らかな足音が遠のいてゆく。

少しして遠くでばさっと濡れた布を広げる音が聞こえた。
襖越しの庭からかすかに妙の歌が聞こえる。彼女の料理に例えては気の毒だが破壊力以外は楽しそうなのにちょっと節と調子が外れてるあたりが同じ。ヘったくそと思ってくっくっと笑ったら頭の上から体温で温んだ手ぬぐいがこぼれ落ちた。

ゆっくりと視界が開く。
やはりそうだ、あいつんちだ。
何度もお邪魔したりウィルスミス騒動の時に寝てた部屋だ。
帰ってくる妙の足音がしたんで銀時は慌てて目を閉じる。バタンと襖が最初はそっと、少し動いてぱたっと勢いが聞こえた。
「あら起きたんですか?外はいいお天気ですよ。やっと大きい洗濯物が乾くわ。」
バレてましたか、やっぱり。心の中で呟いてゆっくりと目を開けて声の主を見る。さっき一度閉じた目はもう一度開けてもまだ視界は軽くぼやけてる。過去にもあったが全部終わって虚脱して、んで思ったより長く寝込んで起きたときに良くある事だ。視点のあわない銀時に少し不安を覚えたらしいお妙が布団の脇に座り込んだ姿もまだぼんやりしている。そのまま銀時を上から覗き込む顔が今度は大きくはっきり見え始めた。
「わかりますか?」
ああやっとはっきりした。
胸がまな板な人のおうち・・と言いかけてたら全部を言葉に出さないうちに殴られた。


「銀さんはまだ寝てた方がいいですよ。運んで貰ってもぴくりとも反応しないから死んじゃったのかって思ったじゃないですか」
鼻血を流しながら今死にそうになったんですけどーっていいたい言葉を心で呟いて銀時はふと言葉に引っかかった。『運んで貰った』?誰に?
「真撰組の。公僕の癖にお暇そうでしたからお願いしたら快く引き受けてくださいましたよ」
柔らかく微笑みながら続ける言葉に寒気が走る。騒動の後片付けには体よく駆り出されるはずの奴らのどこが暇でどう快くだったか聞くのも怖いので銀時はそのまま無言を続ける。

座ったままの妙が銀時の顔の横に落ちていた手ぬぐいを拾ってタライの中に入れたときの音がちゃぽっと響いた。あらあらと慌てた様子もなく少しこぼれた水の始末をしてる。そのまま今度はお妙は黙って自分の横に座ってるだけ。

ぼんやりしながら高杉の所に乗り込む前にも同じようなことがあったと思いながらも彼女はあの時のように長刀を並べることも色々言うこともない。
なんと言えばいいのか、無言の空間が何故か満たされている気がする。
自分を見る目が新八を見るとまではいかないが彼女のよそ行き用のそれよりも優しい気がする。この女が自分の横に座っていることがあまりに当たり前で、今までもずっとそうだったような錯覚さえ覚える。このままこの空間に当たり前さ加減に自分が溶けてしまいそうだ。

その面はゆいばかりの安心感と同時に、ほんの一抹、腰の据わりは悪さがある。ずっとこのままいたいような気持ちとその腰のあたりの落ち着かなさのかげんが本当に微妙。思春期のガキですか俺はと脱力する。



「なーお妙、お前、聞かねーの?」
妙の方が何をですか?ときょとんと驚いたと目で物問いたげな顔をする。
銀時の方も聞いたことも間抜けに思えるけど、自分が口にした言葉に自分も驚いていた。答えの予想が付かないというかつけたくないというかなんと言われても困るような気もして慌てて言葉を繋げる。
「嫌・・聞いて欲しい訳じゃねーんだが・・」
お妙はじっと銀時を見つめている。
「その・・新八の行方とか・・・お前何も聞かねぇな、と。」
答えのない間に負けたつもりはないが視線を逸らしたのは銀時が先だった。頭を掻いてこの場の回収にも困ってる。


くすりと鼻と口元に空気を含むような笑いが漏れた。
唇に指を添え、妙の唇は何を今更・・と動いた。
「あのね」
軽く左に傾けた頭が細い首に支えられてて、その華奢加減が空気を染めて行くみたいに見える。ゴリラに育てられたと日々言い続けているのは銀時だがそんな気配を微塵も感じさせない仕草に銀時は目を奪われた。

「江戸の危険が去って、銀さんがぼろぼろになって帰ってきたら。 それってもう大丈夫って事でしょ?」


ああ、絶対勝てない極上の笑顔だ。このために自分は頑張ったんだなぁと自然に思えた。
いや、当然ファンです、大好きです、あの人のために働いたんですそれに違いはありません、がその根本はこの笑顔を見たかったからだったと今始めて気がついた。
いや、下心とかそんなじゃなくてと今度は誰に言うでもない言い訳が脳内を一気に駆け巡る。



熱でもぶり返したのかしら?いやだわ銀さん顔が赤いわよと言いながらお妙はたらいに手ぬぐいを浸してもう一度絞る。そっと拭くように額に浮かんだ汗を拭き手ぬぐいを額に乗せた。その冷たい感触が今の銀時には気持ちいい。
「いくら言っても銀さんのおいたは直らないみたいですし、よしんば新ちゃんに何かあったらこんなだらけた顔して銀さんが寝てる訳ないですし。」
「誰がおいただ、それにだらけたってなんだよ。」
全幅の信頼を裏付ける満面の笑顔に圧倒されて隠せない照れは、突っぱねた振りで返すくらいしかできないあたりに自分の歯がゆさを感じつつ、銀時はまた頭を掻いた。

「だってここに帰ってきたんでしょ?私、銀さんのことそれだけ分は信頼してるんですよ」
だめだ。ゴリラどころかキングコングサイズの破壊力だ。これに比べたら義理兄上も闇天丸も全然破壊力が足りない。

これだけの感動の後で ちゃんと新ちゃんにお給料払って下さいね と付け加えるんだろうがと思いつつも、思わず向こうを向いた顔が更に熱くなった事を感じる。今ならこいつの料理も美味しく喰えるような錯覚に襲われている。

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