【俺の仲間】


どんと寝ている俺に衝撃が走った。
目がさめるとそこは船底の男部屋だった。
いびきや歯軋りの中でウソップの腕が俺のハンモックまで勢い良く伸びてきたのだ。
半分空いた目をこすりながら落ちてきた手を除けて身体を起こしてみる。
天井の入り口から光りが零れてる。

朝だ!
始めての・・・船の朝だ!

最初は皆を起こさないように下に落ちてた俺の帽子を手にとって被りなおしてから、そぉっと柱を登り甲板に出てみた。
頬に気持ちの良い風。頬だけじゃない、全身で浴びる潮の匂い。蒼い空。一面の青!
雲一つ無い空と海が遠くで一つになってる。
真っ青な世界に自分の足元に伸びる影が自分の居場所を示していた。
海の上なんだ。
俺は今ドラムから離れてここにいる!

一人で散歩してみたり浮かれて走ってみたりした。
でも小一時間もすると寂しくなってきた。
どれだけ時間がたっても回りは静寂。波の音はそのまま。
変わりない海と空。
もう少し寂しくなって来たからまた船底に潜った。海賊には仲間がいるんだ。
俺の仲間。
仲間が居るから海賊なんだよな。
もう一度船底の部屋の入り口を思いきり開けて飛び込んだ。
朝の空気を吸った声で力一杯仲間に呼びかける。
「朝だぞ〜〜〜〜!!」
皆むくっと起きた。
わくわくする。
きっとこの朝の気持ち良さに喜んでくれて,又昨日みたいに騒いでくれるかな?


でも。
ルフィの腕が伸びてきて俺の鼻っ面に拳骨をよこして又戻った。
眠ってるみたいだ。

「なぁなぁ・・」ウソップなら殴らないだろう・・と思ったのに。
あっちを向いて又寝ちゃった。

えっと・・ゾロは・・・・・。「煩せぇ。まだ眠い。」
・・・・・・おでこをピシッと弾かれた。痛い・・。

そうやって俺の旅の二日目が始まった。









「おいウソップ、てめぇは皿洗い。ルフィは先に甲板の掃除いっとけ。壊すなよ。」
おそめの朝食後サンジの指示にまだ眠そうな顔をした二人がやる気なさげに返事して、のろのろと動き始めた。
「皿洗い?!俺が手伝うよ!」
「ああ?・・ならルフィの見張りしてろ。」
「俺ならいいぞ。皿洗いを変わってやろうか?」
「るせえ・・朝飯残した罰だ。」
「・・だから俺はキノコは嫌いだって・・。」
サンジはこっちを向きもせずにチョッパーの申し出をいなした。
背中だけしか見えないその姿にチョッパーは少し返事を戸惑った。
ウソップは言われたままに皿洗いを始めた。
言われたように外に出たルフィを見に行くとゾロが出てきた。
ゾロは船底から場所を変えて・・又甲板で寝てはじめた。
起こすとまた・・恐いかもしれない。





キッチンにはナミがいた。
彼女にテーブルの上にあった御茶を入れてもらって人心地つく。
暖かい湯気とテーブルで作業をするナミのゆったりした空気に思わず心が楽になった。

「なぁ・・あいつらって一体どんな奴なんだ??」

尋ねるとナミにじっと見据えられて胸がどきどきした。
まるで失敗がばれた時にドクトリーヌに見られた時と同じだ。

「ん?・・・・見たまんまよ。あのとおり。・・・どうしたの?」
「昨日の宴会は凄かった。あんなに楽しいのは俺産まれて始めてだった。
 けど一夜開けたら・・まるで人が変わったみたいに見える・・・。
 皆、生返事だし・・。
 あいつらって一体どんな奴らなんだ?
 俺の事も・・・その・・受け入れてるのかな?本当は化け物だって思ってるんじゃ・・・。」

俯きながらチョッパーは言葉を重ねる。
ナミは苦笑して視線を又手元に戻して唄うように並べた。
「あいつら?
 ルフィは船長で食欲魔人のゴムの化け物。
 ゾロは寝ぼすけの大迷子で剣と修行しか頭にないマイペース野郎。
 ウソップは大嘘付きのビビリ虫でこの船の修理屋。
 サンジは行儀の悪い女好きの料理人よ。」

あまりの辛辣な単語の羅列にチョッパーはどう答えて良いか判らなくなった。

「・・・・・・・・・それって誉めてるのか?」
「あら、そう聞こえない?

 全員が欲しい物と要らない物ははっきりしてるし自分を隠さない。ありのままでいるわ。あんたを嫌なら嫌って言うし、変だと思ったら変って言うわよ。」

目をぐるぐる回した顔を見せるチョッパーを眺めながらナミは手元のまだ湯気の上がるお茶を口に運んだ。
人付き合いと言う点においてまだ慣れないのだろう。全身でぶつかって行ってそして転がって悩んでいるチョッパーの姿が不器用な子供時代の自分を思いだして微笑ましかった。

「“真実はお前の目の中に”」
「なんだそれ?」
「あたしの村のドクターが言った言葉よ。
この船に乗る前・・あたしは故郷の敵ん所でずっと飼われてたの。敵の仲間の振りをして。
まぁ・・スパイみたいなもんだけど。
村の人から見たら敵の仲間になってるわけよ。そういう見方をされて当たり前なんだけどね。
判っててもまだ小さかったから村の人の態度が一気に変わった事が辛くて、そのドクだけは薄々事情を知ってたからそこでだけ泣いた事が有るのよ。
詳細までは話せなくてただ泣きじゃくるだけのあたしに向かって言ったのがその言葉。


聞いたらドクは若い頃街の大きい病院で前任の医者の言う事を真に受けて自分で持った疑問を潰して自分で確かめずに・・その結果患者を殺した事が有るんだって。」

『医者と言うのは診るのが仕事とは言え因果な商売じゃ。まずは疑う所から人を診ねばならん。身体の嘘,症状の嘘、仲間の嘘、果てには患者の嘘までもみぬかんといかん。
それでも見ると言う事は誰にも負けん。見る事にこそワシの真理があるんじゃ。
だがおまえは医者ではないのだから人を信じる所から始めれば良い。まずは己を信じろ。何も変わりはせんよ。そして回りも信じろ。これも変わる訳ではないからの。
そして準備が出来たら始めてゆっくり己の拘りと思い込みを捨ててもう一度見てみるんじゃ。隠れとるものも全部な。ただまっすぐ見るだけ。そうすると判る。』


「あんたは医者かもしれないけど『診る』目は持ってるでしょう?
疑う必要が有るのは医者の目だけにして、他は普通のあんたの目で見てみると良いわ。
善意も悪意も恐がってちゃなにも判らないし、手に入らない。」

湯気はナミの顔の回りを昇っていく。
物凄く細かい輪郭の柔毛にうっすら水滴がつく。縁取られたようにより一層表情が柔らかく見えた。
自分の湯のみも覗けばゆっくりと良い香りの湯気が顔の回りをくすぐって行く。コップの中に自分の瞳が映って見えた。
「俺の・・目?・・・・・医者の目は駄目なのか?」
「そうじゃ無いわよ・・。確かに仲間のあんたが医者でとても助かるわ。
あいつら馬鹿ばっかりよ。
遠い宙に浮いてるものを目の前に浮いてる気になって追いかけすぎて生死の境もあっという間に縁石を越えるみたいに簡単に越えちゃうの。
これが本人が死にたがりとかなら止めないわよ。無駄だもの。そいつの勝手にしてもらうわ。
ところがただ境が判ってない馬鹿どもなんだから頭に来るのよ。

だからって訳じゃないけど・・・。
アンタがあいつらの身体だけでも呼び戻してくれるんならとても有り難いわ。

----------って言った事は誰にも内緒よ?」

そう言ったナミの頬がほんのり赤くてとても綺麗で何も言えなかった。
俺は頷く事すら忘れてぽかんと見て・・せっつかれて今度は何度も首がちぎれるまで頭を振りつづけた。


「俺・・今医者の目じゃなくてちゃんと見たぞ。ナミは・・皆が好きなんだな?」
「あたし?うーーん。・・馬鹿な子ほど可愛いって言うけどね。ほっといても厄介事が近寄ってくる連中だから捲き込まれるのやだしね。」
きつめの言葉とは裏腹に柔らかい目。今まで見た中で一番綺麗だ。
「お前良い女だな。そういえば・・四人の中に番(つがい)の相手は居るのか?」
「・・・・・・・・結構聞き難い事をさらっと聞いてくるわね。」
「ええっ?あ、いけなかったか?」
「ううん・・・・・そうね。
 海賊を自分の男にする・・・その覚悟って判る?」
言葉よりもナミの大きな目が更に大きく見えた。顔を近づけられたのだと気がつくまで脈が上がりっぱなしだった。その目は静かで・・・。
そして間近で顔がもっと花開いたように笑った。

「そういうことも判るまで診てると良いわ。あんたのその目で。
そしてあんたはアンタのままで居れば良いのよ。
もちろん医者じゃなくてもあたし達にあんたは必要よ。

あんたの頭に馴染んだ帽子・・幾らそっくりな新品を持ってきても今持ってるそれとは違うでしょう?
それと一緒であんたは昨日一日分ここに馴染んでる。だからこの船はアンタなしじゃもう変になってる。
そして明日になればもっと馴染む。そうやってどんどん本物が見えてくる。」


ナミの言葉は絶対の答えをくれないと言う事がわかった。
彼女は航海士で・・道を示す灯りをともすだけなのだ。
その道をどう歩くのかそれはそれぞれの足が捜さねばならない。
でもその灯りは小さくともとても暖かい。


ナミはチョッパーの帽子を軽く小突いた。
さぁ行ってらっしゃい。の言葉の代わりに。

チョッパーは椅子から降りると馴染んだ帽子を被りなおして外に出てみた。


甲板に海の風が過ぎて行く。
寝てるゾロや船首のルフィも見える。
皆の息使いがよくわかるこの船。
俺の仲間の船。


なんでも見て行こう。
まずそこから始めよう。
憧れや思い入れや臆する気持ちは少し横において。
それでもわくわくするこの気持ちは俺のモノだから。
俺の仲間に。
俺の仲間を。


end
 



あえてナミさんの相手はぼかしました。
居るか居ないかまでここでは不定。
ゾロナミ派の貴方はこうやってチョパ日記が書かれるようになったのだと思って下さい。
サイト開設早々に300を踏んでくださったおはぎさんへ感謝と尊敬を込めて。