「ゾロ!放せ!」
「言うな!」
ゾロの所まで誰かが降りられない限りいつか保たなくなる。
これが現実だ!
ウソップは想像したが怖い光景など想像は出来ない。だが恐怖感だけはひしひしと押し寄せてくる。
「や、だーーーーーーーーーーー!!!」
ウソップの口からもう一度獣の仔のような声が上がったと同時に縄はふいっと軽くなった。
「そこまでじゃ。皆良う耐えたの」
カク先生の声と同時に数人が走ってくる気配に気づいた。
「後は任せておけ。おいパウリー!」
「任せろ!と言いたいがいくら俺でも2人を引っ張るってのは・・」
その間にカク先生が安全ロープを後ろの木に引っかけて自分を結わえた。そのまま縄の横の壁をするする降り始めた。
「ルフィを」
真っ赤な顔をしたゾロが一言呟いた。
「先生ーー!ゾロを助けてやってくれ!」
ルフィは涙で潤んでいる。鼻水も。
「どっちも安心せい、パウリーの縄はそうそう斬れやせん」
上では投げ縄を支えるパウリーの横で他の男先生にサンジとウソップも抱えられていた。ロビンは手を取りおこされたし、ビビとナミは自分で起きる。
だが全員足が震えたままだ。
「先生!ゾロとルフィは?!」
「大丈夫だ。それに上の2人ともよく頑張ったな」
「よしよし」
みんなが登ってきた先生達にで髪の毛ごと がしゃがしゃにかき回されてる。
緊張の糸は解けて今頃一気に頭から、背中から冷や汗が噴出した。
ロビン先生は一人で立ち上がれなかった。崩れそうになりながらも助けられつつあがってきたルフィとゾロの姿を見て一気に前屈みに崩れる。
「ゾロ?大丈夫か?」
「はい、けど俺、正直死ぬと思った」
「君のお陰で皆助かったんだよ」
「そんなじゃない・・です。一人だったら絶対落ちてた」
先生達の称賛にゾロは首を横に振り続ける。
「なんでっ!!お前が・・!」
横からサンジはタオルを肩にかけられたゾロの前に立った。震える拳が止まらない。
もし自分だったあんな風に飛び込めたか、ちゃんとルフィを捕まえて助けられたかなんて自信がない。
恐怖ばかりがある。そして意地もある。泣きそうだなんて悟られたくはないから必死に堪える。
ゾロは不思議そうにサンジを見た。
「だって、上にお前が居たしな」
ゾロは肩にかけられたタオルで顔の埃と汗を拭う。
「風呂で見て腕力はあると思ったんだ。これならなんとかなるんじゃないかと思ってたようだな、俺は。・・多分」
ゾロは頭を倒しながらけろっと笑った。
「ガキの発想じゃ」
「褒められるばかりと思うなよ。結果がよかっただけだぞ、ロロノア」
両脇の上から引き絞られた声が聞こえた。先生達は猫の子を持つようにゾロの後ろ首をがしがし揉み出した。痛いようなくすぐったいゾロは頚をすくめてサンジの方を見た。
「けどあってたろ」
ニカッと笑った顔を見てサンジはワナワナ震えだした。
「この大馬鹿野郎!!!!」
「いやーーまいった。ごめんなさい。」
素直に謝ったルフィは頭を掻きつつ笑ってる。
「参ったじゃねーぞてめぇが一番質悪い!わかってんのか坊主!」
「そうじゃ!」
パウリー先生が縄を巻き、破れた網の修理をしながら怒鳴ってる。カク先生は真正面からこれも冷ややかな圧倒感でルフィを見た。それに対抗してルフィも大声で返す。
「しょーがねーじゃん!落ちるなんておもわなかっ・・・・・」
ルフィは大きな者に暖かく、柔らかく包まれていた。細いルフィをいきなり大きな体が抱きしめていた。
「良かった・・貴方に何かあったら・・」
ロビンの涙混じりの声は静かに聞こえて、お仕置きモードだった周囲は意味はわからないまま誰もが何も言えなくなった。
ルフィは自分を抱えたままのロビンを困惑した顔で見た。そして大切な帽子を脱いだ。
島では初めて見る。ルフィが珍しくしおらしい。
「ごめんなさい」
黒い頭は腰の下まで下がった。
ロビン先生は黙って首を横に振った。
「ナミさん?」
ホッとした顔で立ち上がったナミが大きく両手を上に伸ばした。肩に入ったさっきの力をほぐすように大きく伸びる。口元に浮かんでる笑みは満足げだ。
「いやーー言いたいことサンジ君と先生達にみんな言われちゃった」
文句言いたそうな言葉なのに清々しい表情だ。
「ね、ビビ。馬鹿ばっかりね、うちの班の男子」
「うん。ちょーっとだけカッコイイ、お馬鹿さん達ね」
女の子二人はうふふふと笑った。
(でも・・・)ナミの心の中には言って良い物かまだ迷いがある。
*********
夕ご飯の光景は前日よりもぐっと砕けていた。あちこちで談笑が見られたし、ナミ達の班も何を言うわけではないが話題は絶えず笑顔も耐えない。先生が混ざるのももう違和感がない。
班ごとにテーブルに付き、それぞれが皿や箸を並べる。同じお釜で炊かれているまっしろいごはんは昨日より照りが良かったし、おみおつけも香りがもっと美味しくなっていた。
「うまほ〜〜〜!」
テーブルについて合掌。流石に今日の昼以来だからお腹はぺこぺこだがルフィの食べ方はムラだらけ。一気に飲み込むかと思えばウナギの一切れがいつまでもくにゃくにゃ噛んだまま飲み込めないらしい。行儀は褒められない。
サンジはもう癖なのか人の皿ばかり気にしている。
「ルフィ!ナミさんやビビちゃんの皿狙うな!それなら俺のをとって良いから!それから肉ばっかりは駄目だ!ならこっちの野菜も喰え!」
「おうサンキュー!」
まるで遠慮を知らないひなに餌を与える親鳥のようだ。
夕食後は反省会の嵐だった。
特にうちの班。
やり玉に挙がりまくり。
昨日の海騒動に加えて今日の山騒動。男子には尻叩きの刑があったらしいけど誰もが口をつぐんだので私には判らない。
島では夜でもまだ冷え込むようなことはないが夜露は葉の裏や大気中に凝縮しているのを感じる。
昼のこの島の森にも力を感じるが、夜になるとより一層彼らの世界になっている気がする。生き物の気配が濃くなって怖いと言うよりも自分がその世界に間借りしている小さな来客のような気持ちになる。
ナミは暗いのは何か居そうで怖い、けどゆらめく灯りも怖い。例え小さくても怖い。
「おーーい!ロビンせんせーーー!!」
「準備できたぞーーー!!!」
ロビン先生が花火の一杯入った袋を両手に抱えてきた。
「喘息の子はやるならこっちの風上へーー」
「風が強いから火はここで管理するよーーもらいに来てーー」
あちこちで人が固まったり離れたりしている。こういうときには班を超えて笑いあってる。
体調に合わせて無理をしない。スタッフの先生と一緒に建物の中から見ている子も一人いた。
「花火ってあんまり好きじゃないのよ」
「そうなの?けどみんな楽しみにしてるわよ?ナミさんも一緒が良いと思ってるわ」
花火の好き嫌いはあっても、私達は自分の班の男子と一緒にいたかった。
今日の事件を共に過ごしたせいかもしれないし、そんなのただの錯覚かもしれない。
それでもあいつらはなんとなく気持ちがいい。
ルフィがうるさく言う仲間というのは何を持って言うのかは判らない。だが馬鹿ばっかりだと思うのに彼らを見ていたいととても思う。自分がその中にいたいととても思う。
こんな気持ちは初めてかもしれない。
「花火配り始めたぞ」
「もらってきたぞ−−!!」
一番に駆け込んでルフィとウソップは両手に抱え込んできた。
「ルフィ!ちょっと聞いて良い?」
火が点く直前。まだ皆も静かだ。丸太で作った長いすの自分の横にルフィが座った。
「おう!」
「夕方の谷でさ、宙づりになって。あんたってあれが危ないとかおちたら死ぬかもとかって考えないの?」
班員の視線はそれぞれの速度でルフィに向いた。ゾロは勢いを感じさせない静けさで。ウソップはおそるおそる見返してる。サンジ君は気づかないふり。ビビは黙って真剣だった。
視線の集中砲火を浴びながらルフィの手は花火の袋の中に突っ込まれて嬉しそうに物色してる。ちらりとナミの方を見て、皆の方をぐるりと見回して、そしてまた同じ作業に戻る。お気に入りの逸品を取り出してルフィが呟くように言ったのは数分後だった。
「ここは良いよな。何でも初めてだ。見るのも、触るのも。食べるもんも朝起きたらジャングルなのも」
花火の大きさと寄り具合が気になるのかひっくり返したりほぐそうとしたり、ルフィの手も目も休みはない。
「想像もできなかったことばっかりあるんだ。行くところもたくさんあるし、何でもできる」
そして歌うように袋から取り出した両手を頭上に伸ばした。うっとりと火の点いていない花火越しに夜空を見上げる。夜空には満点の星。花火のように瞬いている。
「何でこんな凄げぇ所に来てんのにそんなこと考えなきゃいけねぇんだ?死ぬ事なんて病院かベッドで考えるもんだ。
もう飽きた」
考えもせず無茶ばかりやる男だと思う。けど。
考えすぎた結果なのかもしれない。
細い首にある傷の分、小さな背中の背負ってるものは皆が思うよりもっと重いのかもしれない。
「まずこれ行くぞーーー!!!」
先生達が遠くで声を上げた。
ルフィが答えて大声で騒いでる。
サンジ君がその横でルフィを叱りながら軽い拳骨で殴ってる。彼らも今日の朝よりもっともっと軽くなってもっともっと楽しそうだ。ゾロも打ち上げ花火を両手に持って振り回すからサンジ君に蹴られた。蹴っても蹴られても皆お昼頃よりもっと嬉しそうだ。
皆ウソップに火の調節とか手配を頼んでる。ウソップはマメみたいで良く動く。人の三倍動いて人の1/3遊んでそれで嬉しそうだ。
性根の良い奴なのはウソップの言葉はなくても体が語ってる。言葉の少ない違和感は、もう誰の気持ちにもない。
馬鹿だけど、ちょっと良い奴達。
「もっと情緒とか感じなさいよ!なんでいきなり打ち上げドラゴン六連発とかなの?」
「いやーーこれだけはこいつの親父特製らしいんだ」
ウソップが誇らしげに笑った。笑顔には説得力がある。誇りを伝えるその笑顔には逆らえない。
「いっくぞーーー!」
ルフィが点火する。
「きゃっ!」
ナミはおもいきり身を竦めた。
「恐がりなナミさんも可愛いなぁ」
サンジがニヤニヤしている横でビビが手に太い花火を持っている
「ビビちゃん!それ!逆だから!」
「え?」
火の粉が飛び散ってビビの周りで跳ねた。慌てたビビが飛び上がる。
涙目になったビビを見て皆大笑いする。ビビも目をぱちくりさせて火薬で黒ずんだ両手を覗き込んだ。
「!大丈夫?火傷とかはない?呼吸は?苦しくはない?」
ロビン先生が走ってきた。息を切らして目を見開いて。
真剣そのものの表情に皆は逆に驚いた。
「先生、大げさにしないで下さいません?」
ビビの最上級な丁寧語の答えにはっとなったロビンは少し身をひいた。
ビビは冷たく続ける。
「園児にするみたいにしないでも大丈夫ですけど」
「そうね。もう大きいのよね。ごめんなさい」
ナミは黙っていた。声が出なかったのも本当だがそれでもどういえばいいのか判らない。
それ以上に何か声を出したらきっと叫んで逃げ出していただろう。
遠い後ろで上がった歓声がなければこのまま凍り付いたようだったかもしれない。
「最後の打ち上げすっるぞーーー!」
幸い、その声にペースを取り戻したみんなのおかげでまた賑わいを見せ始めた。
『カレーの肉がうまかった!ロープは面白かった。花火はもっと打ち上げたかった。全部もいっかいやりたい』
『カレーはうまかった。先生が止めなかったら花火剣の方がけりより強い』
『米の炊き具合がちょっとかためだったのが悔しい。もう少し身体はきたえる。花火はきれいだった』
『今日は火を沢山使った。カレーを煮たりご飯を炊いたり花火をしたり。同じ火がたくさんの仕事をする。ちょっとふしぎなきもちがしました』
『班はこのままでも良いです。明日はキャンプファイヤーなんですよね。でれるかな?それと明日雨が降ったら何をするんですか?』
『みんなにけがが無くてそれがよかったです。谷に落ちたらどうしようととてもこわかったです』
(二日目最後)
眼前の大型画面には6分割で子供達の映像が重なっている。
「稀代の問題児です」
会議の場が沈黙した。
「赤髪が送ってよこした子だね?」
「Drくれはの方の子供も一緒です」
「おやまあやっかいな」
台詞と裏腹に声は楽しそうな音を含んでいる。
「明日のラフテル行きは中止を要請します」
「理由は?」
「今日の懲罰です」
「・・・仕方ないね。明日の、は了承した。けどもう一点。遊具の管理の責任は現場のものだ。今後は一集団毎の検査をするように」
「マニュアルに加えます」
「その他磯の管理も同様に」
「はっ」
後ろの方から挙手があった。
「それと、これは以前から論じられている根本的問題ですがもう少し病児の範囲を制限できないでしょうか?」
「そもそも病後児と入っても範囲が広すぎる。病中児とおよそ健児に近い者が共に暮らすなどスタッフの苦労が増えるばかりです。経済的には企業はアピール上、患児の裾野の広い方をお望みでしょうが」
「諸君。その結論は今日の為の物ではない。今期が終わってからにしよう」