本気


 



年頃の男が4人も集まりゃ話題なんて決まってる。
3人のうちはそうでもなかったが、最後に加わったやつが色事が好きだったから自然と自慢話からそっちの話が多くなった。
集団生活とはいえ一斉に寝るわけでもない俺達の生活では毎晩というわけではないんだが。
俺の村は小さくて、同じ年頃の奴の数もたかがしれていた。俺は訳知り顔をしてカヤにいろんな話をしてやっていたが、奴のレストランに出入りしていたいろんな人間の話題は面白かった。ノースブルーの白い肌の女や、サウスブルーの黒い肌の女の話、上流階級の奴の愛人や女ばかりの集団、婆ばかりの中に混じった美貌の未亡人など奴の話に出てくる女は色々で、想像をかき立てられた。絶対に言わなかったが正直、羨ましかった。
「人にばっかり話させててめえはどうなんだ?」
「俺様か?当然そんな話の5や10くらい…」
「嘘だろ」
「がぼーーん。ってルフィ、お前だって…」
「あ?俺は村をでるときに教えてもらった。餞別だってさ。」
「なあにいーーー」
ルフィはいつも通り楽しげに聞いていて、たまにゾロに話を振ったりしていた。
ゾロは寝ているか、外に剣を振りに行ってるか(それだけじゃなかったんだが)が殆どだが、俺達に話を振られると案外律儀に返事していた。(もっともさあな・・とか言う返事が多かったのだが)


サンジはココヤシ村でもウィスキーピークでも大勢を口説きまくっていた。ココヤシ村でも5〜6人の娘を口説いて寝てたし、ウィスキーピークではなんと20人を一斉にだ。
「女の子を見たら口説くのが礼儀だろ。俺は食わず嫌いじゃないんでね。」
といっていた口に違う事なく、遠目に見ながらも感心させられた。口説きのテクニック(自称)というのもあるらしい。その釣果も自慢げに教えてくれていて、少々耳にタコができていた。この勢いでレストランの客を口説いていたとすれば店の連中にとっても女を連れてきた客にとってもかなりの迷惑だっただろう。




グランドラインに入って最初の客は変な二人組だった。ウィスキーピークまで乗せていって欲しいという怪しげな男女二人に船長はあっさりと換えが利かないはずの航路を決めた。
そのうちの1人が、アラバスタのお姫様で、クーデター真っ最中のその国まで送り届けるという話が決まっていた頃、俺とサンジは幸せな夢の中だった。


ビビというお姫様は、遠い海を見ている姿などは俺の絵心を感動させるに充分なお姫様だった。(そう言う点で言えばナミも美形だったのだが)
中身は結構呆けたところもあり、変わったペットを気遣い、ルフィと一緒に冒険に行ってしまう大胆さと、ラフな格好で船を手伝う様子は良い仲間だった。最初の張りつめた緊張も直に解けてなかなか良い笑顔を見せるようになった。
女二人は直に仲良くなったようだ。どうも気の強さはナミと良い勝負のようで、俺達の女運が見える気がして少々頭を抱えた。
「ルフィが気にいってんだから仕方ねえだろ」というゾロの意見に妙に納得した。


サンジには気付けば二人の美女が居るという美味しい状態だった。俺から見れば、ナミは甘い餌をぶら下げるだけで、サンジのラブコールは歯牙にもかけていない女で、いいように使われている姿は滑稽でもあった。そんな中でどうやって更にもう1人手を焼きそうな女と両方を口説くのか少々気の毒でも楽しみでもあった。


「今日のメニューはレディーのために特に腕を振るったんですよ。」
最初の夜からこの調子だ。手に持った皿の中には細かい細工の前菜が並んでいる。オレンジと水色を基調とした随分と手が込んでいて、確かに女性好みな綺麗な一品。
「こんなにちょぴっとじゃ直ぐ無くなっちまうぞ。」
「やかましいクソゴム。てめえらのはあっちだ!この皿に手え出したら3枚におろすからな。」
そういって近くのビビから皿を並べてみせる。バラティエで鍛えたウェイターっぷりを存分に発揮している。
「あら、ナミさんに先にどうぞ。」
「いいわ、欠食児童達のを取ってくるからビビは先に給仕されてて。」
毎回のことだが、ルフィの横の席に座る俺は取りあえず自分の飯を確保しないと直ぐルフィの胃袋に持って行かれちまうので気が抜けない。
「わあ、美味しい!こんなに美味しいのが船の上でいただけるなんて…」
サンジは女を口説くにはうまいものを喰わせると良いんだと言っていた。まさに本領発揮だろう。ビビの讃辞を聞きながら相好を崩していたが、食事が終わる頃になると口数が減った気がする。





「……王族ってのはあんなに綺麗な食い方するのかな…?」
「は?」
「いや彼女が特別なんだろうな。」
「?」

甲板の上で、晴天の下それぞれに勝手な作業中だった。
ルフィは例のごとく特等席に陣取り、ゾロは昼寝を決め込んで、ナミとビビはきゃあきゃあいいながらシーツなんかを干している。サンジはといえば甲板の一番後ろ、タバスコ星の調整をしている俺の後ろで黙って煙草を深く吸い込んで、青空に向けて煙を吐く。溜息を付くような姿に似ている。独り言のように呟いてからは黙ったままだ。

「……ビビのことか?」
聞いても返事無し。
「飯の時の話か?そうだったっけ?」
俺が首を傾げると
「あーーおめえらにはわかんねえよ。」
捨てぜりふと共に、一度深く吸った煙草を捨て、新しいのに火を付ける。そのまま立ち去る背中は今までに俺が見たことのないものだった。


最近は夜が静かだ。例の(女の)自慢話もしない。おかげで寝やすくて助かってる。
まさか本気になったのか?サンジの本気という言葉を想像して少し可笑しくなった。
そういう目で見ているとナミへの遠慮を知らない口説きと違って、ビビには一歩遠慮がちなのも笑える。
ラブコックも形なしか。ざまあみろ。最初はそう思っていた。



「おい、変な匂いしてるぞ。」
らしくねえ溜息と俺達の前に置かれる焦げたシチューと火の通りすぎた大トカゲの肉を見ていると(当然ナミとビビのは完璧だった。)同性として、自分の食生活のためにも放っておけないのではと思った。しかしルフィは気付いていなかったし、ゾロは放っておけの一言で片づけやがった。



俺は黙って皆が食っている風景を観察した。この五月蠅い席でも確かにビビの姿は優雅だ。
座った姿勢の良さや、食べる仕草をとっても何というのか・・自然で隙がない。この海賊の食事風景の中で目立たないのか不思議だ。
まあゾロなんかも別の意味で隙がないっていえるんだろうけど…

「ん?ウソップ、喰わねえのか?なら俺がもらうぞ。」
「うわーーー。やめろルフィ!人の皿まで手出すな!」
油断するとすぐにこれだ。
「一寸ルフィ!止めなさいよ!」ナミの鉄拳がルフィに振り降りる。
船内最強の手にかかればさすがのルフィも取り押さえられる。
「こら、ナミさんに迷惑かけるんじゃねえ!落ち着いて食べていただけないだろうが!」
最後の料理の仕上げにかかりながらキッチンからサンジが怒鳴った。

「あの・・私の顔に何か着いていますか?」
今度はビビが不思議そうに俺の方を向き、聞いてきた。さすがはBW上がり。とは言え気付かれてると思ってなかった俺は不意を突かれて焦る。
「い・・いや、その・・なんだ・・お前綺麗な食い方するんだなと思って…」
嘘つきにあるまじきだがつい思ってた事をそのまましゃべっちまった。
「俺も綺麗に食べるぞ」ルフィが何を思ったか自慢げに口にする。ので一応つっこんでおく。
「お前のは人の分まで何も残さないだけだ、一緒にするんじゃねぇ。」
「海賊の食事作法だってシャンクスに教わったんだ。だから俺は何も残さない。」
ルフィは胸を張る。
「てめえと一緒にすんなっちゅうの。ビビのは生まれの良さってヤツかなって思ってよ。」
「そうでもないと思うんですけど。私は子供の頃から余所のおうちでご飯を戴いたりしていましたし…でもやっぱり変に目立ちますか?」
少し困った顔で聞かれると俺が悪いことを言ったような気がしてしまい、更に慌てて言い出しっぺのサンジに話を振った。
「いや・・変とかじゃなくて・・なあサンジ」
「ビビちゃんだから綺麗なんだよ。その他のことなんか関係ねえだろうが」


キッチンの方に向いたまま言うサンジを見て、ビビはほっとしたように肩の力を抜き微笑んだ。
サンジは何も言わずに背中を向けたまま次の皿の用意をしている。
この後話題は他に移ったが、俺はこの話題を出してはいけなかったのだ。
しかしまずかったと気付いたのは後の話だ。俺の分だけ扱いがぞんざいになり奴の料理で口の肥えてきた俺は泣きながら黙って喰う羽目になった。





ナミが倒れて2日目。交代制の見張りのマストの上。
強い寒風吹き荒れる中で、鼻の頭の紅いサンジと交代の時間が近づいていた。
マストを昇り、持ってきた明かりをかざす。
「ウソップ?もう交代の時間か?寒いぞ今夜は。」
「いやまだだ、でももう直だがよ。」
「下の様子はどうだ?」
「ナミは変わりねえ。一緒に看てるビビの方まで参らなきゃ良いがな。」
「休めって言っても聞いちゃくれねえからなあ。」

吐く息は白い。煙と混じって空に昇る。煙を追って上を見れば、凍り付くような空気の向こうの空には満天の星が手を伸ばせば届きそうなくらい瞬いている。見上げる星空には自分の気持ちを描きやすい。描くのは誰の顔だ?


「……なあ…ビビのこと……お前本気かぁ?手ぇも出せないくらい。」

息を呑む音がして、上にむいたっきりの喉仏が震えて見える。黙って見ているとじっと鋭い右目がこちらを見返す。
いつもならすくんで何もできなくなる視線だが、ややあって俺が茶化しているわけでないと解ると今度は視線を逸らし、また天を仰ぐ。強い風に煙草の煙が飛んで、千切れている。しばしの沈黙の後銜えていた煙草をおろし小さい声で、答えが帰ってくる。


「あの娘はな、遊びで口説いていい娘じゃねえんだ。」
煙草の先の赤い光が風で一旦大きくなってから風が凪いだ。

「けど本気で口説いて良い相手でもねえ。…王女様だぜ。」
言い訳を含んだ最後のセリフは静かに俺の耳に届いた。


「けっっ。後込みしてんなあ。らしくねえお前なんてみたかねえぞ。」
「らしいってなんだよ…。」
下手な笑いを含んだ声だ。
さっき点けた煙草が最後にさしかかりまた次のに火をを点けて、深く吸い込んだ。

凪いだ風の変わりに寒さは色合いを強めて、持ってきた毛布だけでは心許ない感じがする。
空の星はゆっくり動いている。

「……なあ、もしナミが王女様だったら、ゾロの奴あきらめたかな?」
予想もしない質問だったのだろうサンジは少し驚いた顔をしてこちらを向いた。

俺達は思い出していた。
騒ぐ俺達を置いて単身ナミの代わりを務めようとしたヤツを。
誰もいないのを確かめてからじっと横顔を見つめていたその張りつめた空気を。
今も寝たふりをしながらナミに付いた病魔を寄らば斬り捨てようとしている姿を。

しばしの沈黙の後俺達は船首の方を見るとはなしに見ていた。。
「………いや、あきらめねえだろう。……あいつはしつこい馬鹿だから。」
奴は軽く肩を揺すって鼻で笑う。煙草の煙も一緒に揺れる。
「そうだよな。
でもよ……俺から見たらお前も同じ馬鹿に見える。うちの船は馬鹿ばっかりで困るよ。」





サンジは黙ったままゆっくり立ち上がり、伸びをした。
「けっっ、チェリーの長っ鼻に言われるとは俺も落ちたもんだぜ。」
自分の使っていた毛布を俺の方に放り投げて、マストを降りようとする。
奴の煙草の匂いが暖かさと共に伝わってくる。
「おお〜冷えちまった。降りてキッチンで暖まってから下に降りるとさせてもらうぜ。」
じゃあなとあっさり降りていく。耳だけが赤かったのは俺の見間違いじゃないだろう。


星の見方は俺には解らない。でもここが故郷と違うことだけは解る。
信じてはいけないというグランドラインの空もイーストブルーに繋がっていることだけは間違いない。
元気になっているであろうカヤの姿を思い浮かべて、明日の飯がマシになっていることを祈った。



追伸:飯は元に戻った。だがこの後馬鹿コックになりさがったサンジに俺は煙草の代わりに あきらめの溜息を吐いた。