七年祭





「こんな日には思わんか?やっぱりあの子を行かせるんじゃなかったと。」
「また始まった。」

七年祭が始まる今日は駐在所も忙しいはずだが人数も増え、今日非番のゲンゾウは、昼まだ日も高いのに既に真っ赤な顔をして向かいに座ったドクにこぼしていた。祭りの中心になる広場の隅に設えたテーブルと椅子にはちらほら座って飲んでいる人影が見える。
「海賊風情に連れて行かせたおかげで・・未だにはっきりした消息もつかみにくい有様じゃないか。」
「今日は無礼講の一日じゃからいいが・・・酔うとますますひどくなっとりゃせんか?子供ができれば大丈夫かと思えばあの子が大きくなればなるほど悪化しとるな。」

「もう・・付ける薬もないよね。」
大きな籠にたくさんの果実を乗せて祭り用に供出にきたノジコが後ろから声をかけた。籠の上には艶を放つ蜜柑だけでなく、他にも様々な果物が見える。
「おお、今年も見事になったな。豊作か?」
「うん。今年は最後に雨が少なかったから、見かけは小粒でも出来は極上に甘くなってくれたわ。」



圧政の下で他の蜜柑栽培者達が転作していく中ノジコはあくまで蜜柑にこだわり続けたが、7年前までから少し方針を変えて他の果樹も増やしていった。おかげで、出来不出来のムラの影響が少しずつ緩和され、生活は落ち着きを見せ、今では手を広げ、人を雇うほどにもなっていた。もちろんポリシーとして蜜柑の数は一本も減らそうとはしなかったが。

「置いてくるね。」
そう言い置いて、大きな籠を肩に下げて広場の真ん中に向かった。

村の広場の真ん中には無銘の石碑がおいてある。今日はその前にいつもよりもさらに多くの花や食事が並べてある。
記念の像を作ろうという意見があがった七年前にノジコが強く反対し、更に派手な手配書が廻ったために海軍に対する配慮もあって小さな小さな碑だけがおかれた。
そこには一日たりとも花が絶えることはなかった。よく食べた船長に敬意を表して食べ物も多く備えられてそのお下がりを子供が貰う風習も今では違和感なくなった。
「あ、生ハムメロンだ。」
今日は別に祭用の壇も組まれている。後で皆に振る舞われる物だが、早くも目を付けている年長と言えど未だ6歳になったばかりの子供達が広場に集まってきていて更に興奮が募り、走り回り喧しいことこの上ない。



祭りの前夜祭に向けて空に夕焼けの色が混ざり始めた。広場の影達も少しずつ長くなる。
その空の色を見ていると七年前あの小さな家で、夕日を浴びながらした会話が思いだされた。






「あらナミ。どこに行ったかと思えばヒロインがこんなとこに一人でいたの?」
「此処にいても皆の嬉しそうな声が聞こえるわ。ノジコは?」
「コップが足りなくなったって言うから追加しておこうと思ってね。うちが出せるのは後これくらいだし。」

「あの外れた声はウソップの歌ね。ルフィはまだ食べてる?」
「それにあの金髪の・・・サンジって言ったっけ?村中の女の子口説いてたよ。
あれじゃ来年には金髪の赤ん坊がごろごろ見られるんじゃない?」
「ノジコも口説かれた?」
「一応ね。やけにあっさりと下がっていったけど。」
「ふふふ・・・また後から何度でもくるんじゃない?
でも・・いっぱいの子供かぁ・・。あたしはその光景見られないね。」

「・・・・・・やっぱり・・・行くんだね。」
「うん。反対する?」
「言っただろ?あたしはベルメールさんと同じ意見だよ。」
「おとぎ話の王女様は助けられてそのまま王子様と幸せになりました・・なのに、小説になるとヒーローはだいたいそこからいなくなるのよね。そのままそこにいれば幸せになれるのにって不思議だった。
でも・・・違うのね、物を壊す力と育てていく力は違う。ルフィ達は前者なのね。」
「・・・・。」
「そしてあたしも。」



「勘違いしないでね。あたしは村の皆が大好きよ。皆があたしを好いてることくらいちゃんと解ってる。此処にいれば大事にしてもらえる。
でも・・・最初のうちだけね。

アーロンが村や人の心の中に残した傷は深すぎる。村の皆や島の皆が残された傷を癒すには時間がかかるわ。
そんな中であたしの存在は一種の徒花ね。アーロンのイメージに近すぎる。あたしへの贖罪に似た気持ちも持て余してしまうでしょう?
そのうちに一緒にいるだけで皆を傷つけてしまうようになる・・・。傷付いてから出て行くより早い方がいいのよ。


あ、心配なんて全然いらないわよ。
あたしは行きたくって行くんだから。


・・・だって・・・信じられる?あいつらといてあたし笑ってたわ。
ただの18の小娘になって船でちゃんと眠れたのよ。あんな世界があるなんて、どう考えても夢の中だった。

一億さえ貯めれば、みんなが自由になって、そうしたらもう一度会えるかなって願わずにはいられなかった。

だのにそう願ってしまう自分が怖くなって一番嫌われる方法で逃げ出したわ。
なりたい自分だったのに・・あまりに現実と違いすぎて自分じゃないみたいに思えたのね。


・・・もっとも、あんた話したんだっけ?昔のこととか・・。
聞いちゃったらいくらあいつらでも態度変わっちゃうかな?」


「聞いたのは二人だけよ。アーロンをやったルフィって奴は話を聞きもせず散歩に行っちゃったし、怪我人の緑頭はいきなり寝ちゃって・・」
「ゾロよ。」
「はいはい・・。あんたが来るまでぐっすりだったわ。」
「なに鼻先で笑ってんのよ。」
「ん・・別に。やっぱりと思っただけよ。」
「変なの。」

「・・とにかく、もう一度戻れるんだからあたしはそこからやりなおしたい。
今度こそあたしの意志であたしもあんたも知らないあたしになれるわ。
よしんば駄目でもそうなったらあいつら見捨ててまた他の幸せを探してやる。だってあたしはもう自由だもん。」

「いっちゃうんだね、その笑顔をくれたあいつらと。
・・・島の皆は感謝しながら、あいつらに文句言うかもよ、あんたを連れてったって。」
「『あたしが』行くんだけどねぇ・・・。」


「ごめんね。いっつも残して行っちゃって。あんたが居てくれたから何処へ行っても帰ってこられたけど・・・・・・。本当は残る方が切ないね。」
「いいんだよ。あたしにはここがあってる。あんたがいつか帰ってきてもそんときもあたしは変わんないで此処にいるわ。いつでも帰っておいで。」
「そんときには二人ともおばあさんだったりして。」
「なに言ってんのあたしだけは永遠の若さと美貌を保っててあげるわ。だってあたしには蜜柑が付いてるもの。ベルメールさんのお墨付きよ。」

「ねぇ・・大事にするから・・蜜柑の木少し貰ってっていいかなぁ?」
「持ってくって?どこへ?」
「船の上で・・」
「育つかな?」
「ちゃんとするから。」
「島と船でどっちもいっぱいの蜜柑を育てるの?    あたし達二人みたいね。」
「うん。」






あんたは正しかった。

あのままあたし達の中で大事に守ってあげたかった気持ちも何にも代え難いくらいに本物だったけど。
それでも自分の傷が身に染みすぎて、あんたを見てあげられなかったと思う。

あんたがいなくなったから、あたし達はあんたをもっと大好きでいられた。
島中のみんなが自分の傷が痛くても、互いに優しくいられた。
少しずつ吐き出された傷は少しずつ癒えて、今では村のあちこちで子供達を含めた人の声がこだましている。
未だ残っている傷もきっと癒される。それだけの物をあたし達は作りながらここまできたんだから。

最近、初めて会ったときのあんたの重さを思い出している。
一度抱えた命の重さに腕が固まって離すことができなかっただけなんだけど、それでもあのときずっと一緒にいられて、本当によかった。

七年前。あたしもまだ勝利に酔って自分に酔っててあんたにちゃんと言ってあげられなかった。
あいつらはイーストブルーを救ったかもしれない。でも、この島を救ったのはあたしの腕の中にいた『あんた』だったよって。




だけど 今、 あんたの傷も癒えたのね。




広場で変わりゆく空を見終えてノジコはゲンゾウ達のところに戻ってきた。
「良いもんあるんだけどな・・・あんまり煩い酔っぱらいには見せてやんの止めよぅっと。」
「なんじゃ・・まさかっっ!」
古ぼけて色の褪せた小さな封筒を顔の前でノジコはひらひらさせた。
「さっき届いたのよ。まぁ日付は2年も前の物だけど。グランドラインから届いただけでも凄いことよね。
まずベルメールさんとこに報告に行って来るわ。この子をみててね。
  ナミ、いい子にしててね。」



封筒の中には写真が一枚と、乾いた蜜柑の葉っぱが一枚。見たことのない紙質の便箋に仄かに蜜柑の香りがするインクでただ一言。

『元気でやってるわ』



The End




不当に受けた傷も、覚悟して受けた傷もあなた達の全ての傷がいつか癒されますように。
物語の中でも本当の世界でも