着いた港は賑やかで、大きな店が軒を並べていた。武器商人の町だという。
内陸すぐ側に良い鉄の産地があり、昔より大物から小物まであらゆる武器を作ってきた。
海を股に掛けた大商いをする商人はここのエターナルポースを持っている者が多いという。
いまも大きな刀工が店を並べたり、名のある刀師が山で鎚を振る。
鉄砲の店もにぎわい、新作の開発も盛んらしい。
鉄製品の全てと言うことで、包丁からテーブルセット、床屋の鋏まで何でも揃わぬ物はない。
奇跡の島〜ウソップver.
自分の武器は『口先とパチンコの腕』のウソップにとっては雑貨屋を冷やかすのが楽しい街だった。
武器の町なので、その周辺の機器も揃いやすい。
冷やかしついでに船に戻ったときにナミにまで要らぬ口を叩き、いつもよりはワリの良い
(とは言え相手はあのナミだ)賭を成立させられていた。「うほーー」
どの島に行っても店巡りはかなり楽しい。
ただこの島ではどの店の店先にも飾ってある鉄細工は形も作りも今ひとつだ。こんな物が街のシンボルなのか?武器の町には芸術心が解らないんだろう。
俺は『海賊の』とか『秘密の』と言うフレーズに弱い。だからその店を覗いたのも店の名前が[pirates]だったからだ。
そうじゃなきゃ あんな暗くって何が出てくるかわかんないような店に行きはしなかった。
「餓鬼が来る店じゃないよ!」
入っていきなりまさしく鐘を割ったような銅鑼声で掛けられた罵倒にびびった。
奥を覗けば、医者の婆さん並の骨董品が口を利いていた。顔も上げずに手元の細工に一所懸命らしい。
そして二度目の不覚をとった。
婆さんの手元の細工が照準を合わせるスコープだと気が付いてしまったのだ。
興味を引かれた俺は震える足をひっぱたいて店の奥に進んでしまった。
婆さんの手元のスコープをじっと見た後、改めて店内に目を向けると古いものが大半で、たまに新しい物が混ざっている。しかしどれも磨かれて使い易そうな光を放ち、店の管理をしている者の丁寧さはそこいらの店では拝めないものだと気が付いてどきどきした。
こういう店こそお宝が眠っているんだ。やや得意になって店内の散策に気を取られていた。
「何だ、耳がないのかい?そんな奴が銃なんて扱うもんじゃないよ。」
もう一度腰の入った罵倒が飛んできて、また身をすくませた。
でも俺は海賊キャプテンウソップ様。
体制をなおして取りあえず声を掛けてみる。
「い、いやーー凄ぇ品揃えなんだな!」
「なんだい。まだいるのかい?」
老眼鏡を外してこちらの顔を見る婆さんは不細工な怖い顔だった。
その強面の顔なのに吃驚したように小さな目を見開いた顔に何となく愛嬌があり、場違いなところに来たかとびびる俺の気持ちを楽にしてくれた。
婆さんは値踏みする目でじっと俺を上から下まで見たあげくに、再び眼鏡を掛けて、作業に入ろうとする。
「なんだあ?客の相手をしないのか?」
「うちでは銃の一つも撃ったことのない奴は客とは言わん。」
婆さんはそのまま言い放った。
「俺の仲間には凄いのがいるから俺が銃を使わなくても大丈夫なんだ。」
「他力本願な奴はなおさら客じゃぁない。」
腹は立つが言っていることは一々尤もなので、聞きながら売り物の銃を手にとって構えたふりをしてみる。
「俺の親父は銃を使うらしいんだけどな。」
言い訳のように聞こえるだろうか?
「俺は使わねえ。コイツが俺の武器だ。」
鞄の中のパチンコを婆さんに見せた。
「そんなことを言って、本物の海賊を相手にしてもそんなことが言えるのかい?」
目だけをこちらに向けてあげ、ニヤリと笑いながら聞いてきた。やはり100歳は越えていそうな婆だ。ナリは小さいのに目つきの凄みは半端じゃねえ。
「お、お、おれも海賊だ!イーストブルーじゃ魚人を相手に真っ向戦ってあっさり勝っちまったんだぜ!俺の勇姿と来たら…」
「ふん。話の半分くらいはヨタじゃなさそうだがね。じゃあおまえは銃を頭に突きつけられてもその玩具で戦うつもりなのかい?」
銃が頭の横でかちりと音を立てていた。
いや、それは俺が想像しただけのこと。
ここでひるんではいけない。俺にだってポリシーってもんがある。
「も・・もちろんだ。」
「へえ。仲間の頭にでも?」
餓鬼の頃からお袋は『親父の言葉』として“人に向けてはいけない”と教え込んだ。
これは銃でもパチンコでも一緒のことで、親父の後を追いたがる俺に、最初で、最後の戒めと
なった。
人に銃を向ける物は人間ではない、と。
しかし現実に海賊をやっていれば、幾ら仲間が強いと言っても銃を向けられそのまま殺されることはあるだろう。
俺が弱いままでは何もならないのは確かなのだ。
婆さんは黙って下を向いた俺に淡々と話を続けた。
「銃を人に向ける奴は人じゃないんだ。だから海賊は人じゃない。
そんな奴らには一瞬でも躊躇しちゃいけない。それが出来るかい?
出来なきゃ仲間は死ぬよ。お前のせいで。」
それは俺の心の中で小さな棘のようにくすぶっていた疑問だ。
「でも俺の武器はこれだ。」
左手のパチンコ。ガキの頃から付き合ってきた俺が人に自慢できる数少ない物。細かい傷の一つ一つに覚えがある。
人を殺したい訳じゃない。人を殺してでも突き進む道に俺は向かいたくない。
甘いかもしれないが、自分がやりたいことを自分の覚悟だけで出来る男になるために俺は海賊になったのだ。
「そらよ。」
パチンコを握ったままの俺を見ていた婆さんは一丁の銃と、弾の入ったケースを一抱え投げてよこした。
「だからいらねえって…」
「ふん!そんなことを言って家を飛び出したあげくに泣きついてきた馬鹿が昔居たのさ。
そのくせそいつにやった銃も、もうこれはいいと後で返してよこしやがった。
だからそれはあたしの物じゃない。弾も模擬弾さ。先に詰まっているのは木のチップだ。銀玉鉄砲みたいなもんだ。
使わないのはお前の勝手だが、使えないのは皆の迷惑だ。練習用に持っていきな。」
手の中には使い込まれて、握りがしっくりくる銃。微妙な手のグリップ感も不思議なくら
い俺にぴったり来る。
「使わないと言うのは簡単な事じゃない。けどそれ以前に使えないんじゃ更に意味がない
んだ。解るかいこの馬鹿っ鼻。」
思わずじっと顔を見つめた。厳母というのはこういう人を指すのだろうか。言葉の怖さや
顔の恐さ以上の暖かさを感じることが出来る。
「婆さん、優しいんだな。」
「ふん。その馬鹿っ顔のせいさ。馬鹿は皆同じ顔をしてるもんだ。」
婆さんが代金を受け取ってくれないので、模擬弾の分の言い値だけを置いて俺は店を出た。
外は夕暮れで、暑さは少し和らいでいたが湿度が上がって蒸した感じが加わっていた。
銃の練習だけはするべきかもしれないと思っていた。
俺の相棒はこのパチンコで、俺のやり方を変えようとは思わない。けどそれでいいのか?と言う声は心の奥でしていたんだ。
でも。
銃に自信を持った俺は変わってしまい人を殺すようになってしまうのだろうか?
俺が変わってしまうかもしれない。
「よぉーーウソップじゃねえの?」
いきなり長く首を伸ばしていつもの麦藁帽子をかぶった顔が俺の目の前に現れた。
「!!!吃驚するじゃねえか!化けもんみたいなことをそんな簡単にするんじゃねぇ!」
ニカッと笑った船長の腹の音がいきなり鳴る。
「だって気付いてくれねえんだもん。なあー腹減ったよ。肉喰いに行こうぜ。」
ニカッと笑ういつものルフィだ。そこいらの餓鬼みたいな顔をした奴。
俺のさっきまでの緊張があっさり溶けて無理な力みが消えていたことに気が付く。
「おめぇの奢りならな。」
「えーー!俺が金持ってる訳無いじゃん。なーーあっついし〜〜、腹減ったーー。」
「こらっ!人の腕にかぶりつくなーー!」
自分の身一つで海賊王を目指すコイツは自分を知っていて、無茶はしても無理をすること
はない。傍目からは限界を考えない馬鹿に見えるがそれは未来の自分に自信があるからだ。
小さい頃一度も自分の兄に勝てなかったこともあっさり受け入れられる。だから強い。
大丈夫だろう。多分。コイツと一緒なら。出来ることを増やすことは俺を悪くは変えない。
この顔を見ていると心からそう思えた。「あれ?雪?」小さな白い物がルフィの鼻先を通り抜けていく。
「この暑いのに何馬鹿言ってんだ?」
「おい!灯りがついてキレイだぞ!」
騒ぐルフィにそちらを見ると商店街の店々の前に置いてあった例の不細工な鉄の飾りに灯りがともっている。
たまにいろんな色をしていたり、点滅している物もいる。
灯りが付くような仕組みには見えなかったが、よく見ると飾りはそのままで、周りにいろいろな灯りが付いているのだ。その灯りは飛んだり移動する。
光る虫だと気が付いてもう一度街を見回すと、暮れてきた日と共に柔らかに舞う光は闇に映え鮮やかな灯りになる。町中に灯りがともったように静かに揺れている。例の飾りの周りに多く、その間をゆっくり風に乗ったように移動する灯りが幻想的だ。
「そう言えばサンジが今日はクリスマスだって言ってたな。グランドラインにはこんな虫が居るんだなあ。」
「おし!腹ごしらえしてから一回りして街を見てみようぜ!」
「婆さん!今のヤソップじゃなかったのか?」
珍客の坊主が店を出てから慌てた声を出して向かいの店の親父が駆け込んできた。
いつもより早めだが、店を閉める準備をしていた老婆はいつもの銅鑼声を飛ばした。
「気でもふれたのかい?あの馬鹿息子ははもう40に手が届こうって言うじじいだよ。」
「・・けどよ・・。」
「あれは…あたしが見たがった幻かもしれない。あたしも年をとったもんだ。こんな事を奇跡だと感謝しちまうなんてね。」
背中を向けて言っているうちにほんの僅かに鼻声になっていく。滅多にないことに声を掛けそびれている親父に婆さんは
「ほら!あんたも早終いするんだろ?遅れちまうよ。」
いつもの声になる。このままじゃとばっちりを食いそうだと判断した親父はそそくさと自分の店に戻っていった。
「生きてるのかねえ?ま、来たとしても勝手に店の欲しい物をぶんどって行くだけだが。」
店の中に迷い込んだカネムシをそっと手に掬い外に放す。店先で柔らかく揺れるカネムシの光を見ながら老婆はそっと呟いた。
ウソップの武器はずっと引っかかっていたので、書いてみたかったのです。
おそらく決して彼が武器を持つことは書かれないと思っていますが、
それでも彼は彼なりの速度と方法で、「勇敢なる海の男」になるでしょう。
ルフィと一緒なら道を間違えることもないでしょう。お互いに。
でも実の孫にぼろくそに思われるお婆さんって・・・。