着いた港は賑やかで、大きな店が軒を並べていた。武器商人の町だという。
内陸すぐ側に良い鉄の産地があり、昔より大物から小物まであらゆる武器を作ってきた。
海を股に掛けた大商いをする商人はここのエターナルポースを持っている者が多いという。
いまも大きな刀工が店を並べたり、名のある刀師が山で鎚を振る。
鉄砲の店もにぎわい、新作の開発も盛んらしい。
鉄製品の全てと言うことで、包丁からテーブルセット、床屋の鋏まで何でも揃わぬ物はない。


奇跡の島〜サンジver


武器の島には縁のない俺の目的は二つあった。
といっても目的という程じゃあない。
鉄製品の産地ならば包丁を始め調理器具の良い物に出会える可能性がある。
得物で料理する訳じゃないが、良い物に出会えればいいという程度の期待だった。
もう一つは約束だった。
どこぞの刀馬鹿じゃないので、普通なら男相手のこんな約束なんて無視して捨てるのだが、預かった物が包丁と来れば無視することは出来なかった。



それはこの島に向かう航路の途中。
小舟が浮かんでいることを見つけたのはいつもの指定席のルフィだった。
丁度進路の先からいきなり現れたと大騒ぎしていた。
ルフィの兄貴のように小舟でこの海を行き来する奴は珍しい。
騒ぎに皆が集まってくる。


「なんか喰わせてくれ」
仕込みの最中に騒ぎの甲板を見ようとキッチンから出ると、小さな手荷物を抱えた一人の男が言った。
騒ぎの船にただ一人乗っていたという男のセリフを聞き、何も聞かずそのままキッチンに入れて殆ど出来上がりのスープと焼き飯を出した。
あっという間に残さず平らげた男は船の行き先を聞き、飯の礼ついでに自慢のレシピと荷物の包丁を見せた。たいした
俺は関心も寄せずにそのレシピを見ていたのだがその微妙なスパイスの組立にしだいに夢中になった。

それを見て、『レシピは使ってくれてかまわない。代わりに自分は行くところがあるので、この包丁を届けて欲しい。ちょっと長い旅路になりそうだから・・』と男が差し出した届け先の写真の女性は大変な美人だった。
レシピと美女・・。断る理由にならなかった。


そのレシピを見るとうずうずしてきた。
憑かれたように作ってみたくなった。
幸い材料はある。預かった包丁も磨きの綺麗な厚手の良い包丁(もの)で、手に吸い付くようで。銘はなかったが、名のある刃物なのだろうと思われた。
人からの預かり物で、自分の物じゃない。
解っているのに。
手が、身体が動き出す。
もう止められない。
料理人の性といって笑ってくれりゃいい。


ビビが部屋にいるナミに相談に来た。
サンジがおかしいというのだ。キッチンにこもったまま早3時間。
言われたナミが窓からキッチンを覗いてみれば料理と格闘中のコックの背中にはただごとではないオーラが漂っている。
「あの小船の後から何か変じゃないですか?ナミさん…どうしたらいいんでしょう?」
「……とりあえず男の子がああなったら何言っても無駄ね。放っときましょ。
今のところあたし達には害もないし。その内終わるのが先か、ルフィのご飯コールが勝つかって所よ。」
「・・・・・・」
「・・気になる?」
からかうような微笑みを浮かべてウインク一つ。
何でも解っているようなナミの顔はこの上なく魅力的だ。
「いえ。そういう訳じゃないんですけど・・。よくあることなんですか?」
「あそこまでのは始めてみるわ。さっきの件もあるけど・・でも他の連中も似たり寄ったりなところがあるしね。」
指さす甲板を見ればずっと羊にぶら下がっている者とずっと寝ている者が居た。
二人はキッチンの窓から離れてそっと部屋の方に戻っていく。
「こういうときに敵に襲われでもしたらどうなるんですか?」
「気の毒なのはわざわざ襲いに来た敵のほうよ。絶対容赦しないもの。」
立ち去る二人は気付かない。


「うめーな今日も!」
その晩の料理は絶品だった。ルフィの勢いはいつもより素早く、慌てた皆で争奪戦が開始された。
サンジの姿もいつもと変わりなく、ビビも昼間のは自分の杞憂かと思った。

借りた包丁の手入れをして、レシピを同じ袋にしまい込む。
手入れをするとますます冴える刃先に感動した。いっそう輝きを増したように思うのは身びいきが過ぎるという物だ。
きちんと頼みを果たそう。
ガラにもなく思った。
持っていく相手は美人なんだし。
そう思うと心が浮かれる。人の物でも美人は好きだ。気が向いたら口説けばいい。執着しなくて済む。手に入れば儲け物だ。




島についたのは中空から太陽が下がり始める頃だった。
島に入る前から解っていたことだがここは熱帯気候。気温も湿度も異常に高い。
船を岸に付けるやいなや気候に左右されない馬鹿は飛んで出ていったが、残りはゆっくりと船を下りた。
後発隊の俺は人捜しもかねて店を見て回ると、名前しか解らないはずの彼女の居場所は何故か案外簡単にしれた。
そのまますぐ行っても良かったんだがクソ剣豪のお陰でこの街の滞在が長くなりそうだったので、慌てなかった。(実際奴は10日近く連絡無しで船を開けていた。)



時間のあるままに取りあえず街を散策してみた。ずっと顔をつきあわせている仲間とはいえそれぞれに見たい物は違うわけだし治安の良さげな街だったので、自然単独行動になった。


予想外に刃物はあまり期待以上の物はなかった。
煙草は色々仕入れて試してみる。異国の味も悪くねえ。火山が多く、鉱山が豊富なこの島には作物がとれにくい為、逆に煙草など珍しい物の良い産地になっているらしい。

自分の買い物の他にも女の子の好きそうな物には目がいく。小さな港ではこうまで物が揃っていない。小物を覗く男は珍しいのか、ちらちら若い女の子がこちらを見ている。目があって俺が微笑むと視線を逸らされてしまう。案外おカタい島のようだ。

蒸し暑い中、街の飾りがお祭り色が強いことに気がついた。
ここでは違うらしいが俺達の暦なら町中に赤と緑とツリーとトナカイが溢れている頃だ。『全部船にあるじゃねぇか。いねえのは太った髭の親父だけか。』そう思って笑っている自分がいる。クソ爺は元気だろうか。
しかし祭りだというのに街中に照明の飾りがないことに違和感を覚えた。
レストランは現実から離れた別世界を演出する場で、そのための小道具は色々ある。それを上手く使うのもコックの才能だと思うし、我ながら得意技の一つだ。
暑いこの夏島では夜こそが活動時間で、そのための演出もあるんだと思うのだが。まあ、島が変われば風習も違うんだろう。



滞在7日目その間いくらか島の人との交流もあった。




「さて・・行ってみるか。」
レシピの方はもう覚えてしまった。それよりも日を経る事につい何度も出しては魅入ってしまう包丁への未練を断つためきっちり包むと小脇に抱えて船を下りる。


教えられたその家は普通の一軒家だった。
「『セッカ』の名前に関しては詳しくは知らないけどあの家で聞くしかないんだ。」
最初に入った刃物屋で聞いてみるとあっさりと、しかし一風変わった答えが返ってきた。
それ以上は本当に解らないらしい。店の親父も首をひねっていた。


「こちらにセッカさんって言うお綺麗な方がおいでになると伺ってきたんですけどね。」
ドアの奥から麻の生地で作った涼しげな服の女性が出てきた。服の色彩のせいか街で見かけたどの女性よりも柔らかい印象がある。切りそろえられたまっすぐの髪は柔らかく揺れ、やや厚めの唇は鮮やかな桃色をして男を誘っているようだ。当然顔も写真で見たより極上だ。
「貴方のことですか〜!いや〜。実物の方が数万倍お綺麗だ〜。」
両手を取って挨拶の握手を交わす。せっかくだから柔らかな手をしっかり握ったまま離さない。
「はあ・・ありがとうございます。・・でご用件は?・・その・・セッカに・・なんですね?」
少々困った顔をしているが、美人は眉を顰めていても美人だ。
「その・・物は?お持ちですか?」

質問されたこちらが驚いた。
「セッカってあなたじゃないんですか?よく俺の用が解りましたね。」
「いえ・・私です。こちらにセッカを訊ねてお出での方の御用は決まってますから。・・貴方もそれでおいでになったんじゃないんですか?」
「いいえ!一番の目的は貴方に一目会わんとうかがったんです。イヤー南国の奥地にひっそり咲く花のようなお方だ・・」
「はあ。」
両手を握って近付いても視線を外し口説きに乗ってこないばかりか困った顔で用件を聞きたがる彼女に、仕方なく握った手を離しとりあえずも預かった包丁を見せようと包みを取り出した。
袋に入ったままの包みを見て、気付かないような溜息一つついて、そして俺を家の中に招き入れた。
来客用というよりは密談でも交わしそうな部屋に案内された。部屋はほのかに暗く、せっかくの美貌が見にくいのは残念だなどと考えて包みをテーブルに置いたときに、家の奥の方から静かな人影が現れた。

「あら、お婆ちゃま。」
若い頃にはさぞかし滅多に見ない佳人だったであろう女性がたおやかな長いスカートと、大きなオーガンジーのショールを肩に、冷茶の入った茶道具を持ち立っていた。
どちらかというと前に見せられた写真の女性はこちらの印象の方が違和感がない感じがした。気付いた俺に優雅な挨拶をして、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「お客様のところにごめんなさいね?初めまして、この子の祖母ですの。勝手に近付いてお行儀が悪いとは思ったんですけどね。私も同席させていただいてよろしいかしら?」
「美人とお近づきになれるのなら光栄ですよ。」
如才無く微笑みサンジは答える。
「ねえ虫が騒いでいるのだけど・・何があったの?」
女性二人が目を交わす。その親子でも十分通用すると思われる美しさに俺の目が釘付けになった。
しかしおばあさまの視線は俺の顔からすぐにセッカさんの方へと移り、そしてテーブルの上の包みに止まった。

「初にお目にかかり光栄です。私は、こちらの物を預かって参った旅の物、決して怪しい物ではありません。」
俺の少々芝居がかった挨拶はこのお二方によく似合うと一人で眼前の二人を眺めて悦に入っていたが、お婆様の方はその挨拶に動じることもなくにっこりと会釈して返した。
しかし美女二人とも揃って包みが気になって仕方がないらしく、視線はテーブルの上から動かない。

笑顔でいながら頑なな反応にサンジはしかたなく預かり物を手にとって包みを開いた。


そのとき


薄暗い部屋の中で、包みの中から光がこぼれるようにあふれ出し、いくつもの光の塊が外に出るといきなり丸い光球になってふうわりと浮くようにゆっくり飛んでいく。綺麗な光が次から次からあふれ出して、こぼれていく。
「いつの間にこんなもんが入ったんだ?さっき包んだばかりなのに…」
きちんと隙が出来ないように船から出がけに片付けたはずのこの包みは、その後ずっと持ち歩いていた。
だいたいこんな小細工は幾らウソップでも出来るはずがない。それくらい綺麗な灯りだったのだ。
このきっちりまいた包みの何処から出てくるのだろう・・などと現実感のない疑問が頭の中に浮かぶ。信じられない光景に、意識が付いていっていないようだった。
「カネムシが・・」セッカさんがそっと口にした名前・・。
その光はゆっくり浮かんだり、また包丁の方によってくる。誰も口を開かないままにその光達が窓から外に溢れていくのを見ていた。


包みから光が出なくなると包丁をそっと取り出して、来客用テーブルの向こうに座る二人の目の前にそっと置くとお婆ちゃまのほうが口をきいた。
「綺麗な刃ですね。昨日手入れしていただいたのかしら?それじゃこちらをお使いになったの?」
にっこり聞かれるとそのまま素直に頷いた。刃物の手入れを褒められるのは料理を褒められることの次に嬉しかった。
「そう・・それではこちらはお持ち下さいね。預けた方はどちらか存知ませんが。」
「?・・知らないんですか?仁清って名乗ってましたよ。海上で出会ったんです。」
セッカさんが息を呑んだが、お婆ちゃまは顔色一つ変えなかった。
「ではその方が貴方に持っていただきたい、と思ったから託されたのですわ。間違いなく貴方の物です。お持ち下さいな。」
「ま・・待って下さい。・・こちらに持っていって欲しいと預かっただけですよ。」
顔色の蒼いセッカさんが、大きく息を吸った。
確かに名品であることに異論はない、島で見たどの品よりも良い物で喉から欲しい品ではある。
が、それでは話が違うだろう。約束は・・。


「私共の立ち会いで、所有者の移動を認めます。」
びっくりとしているセッカさんは落ち着くと顔色の少し悪いまま俺の右側に立ち、そう告げた。
その行動と言葉に驚きのあまり煙草が俺の口からテーブルに落ちた。慌てて拾って火を消す。
柔らかい微笑みをたたえて祖母の方が話を接いだ。
「あなたは腕のよろしい料理人さんなのですね。その包丁は島一番の銘の物として持ち主が変わるときに立会人が入り用と決まっているのです。『セッカ』というのはその立会人の名前なんですよ。先代が私で、今はこの子が継いでいます。」
「!」


「じゃあ俺が会ったあの男はいったい……?」
「仁清本人のはずはないのですわ。仁清が亡くなったのは200年近くも昔のこと、一番新しい所有者も確認できたのは50年ほど前でその方ももう亡くなって久しいのです。」
柔らかな声で告げられる真実は受け入れるのが難しかった。
「確かに飯を食わせてやった・・船の奴らも会ってる。・・嘘だろ?あんなにはっきりした幽霊なんぞ居てたまるか!」
灯りが去りより薄暗さが強く感じられる部屋で包丁だけが滴るように光っていた。





船についた俺は全身の力が抜け、虚脱した状態だった。結局包丁は持たされて帰ってきた。
捨てようにも何かに憑かれたら怖いという思いが3割、確かに物の良い包丁で惜しかったのが7割で、今も手元にある。
包丁の包みを腹の上にハンモックで揺られていると入ってきたチョッパーが声をかけてきた。
「どうした?ものすごく疲れた顔してるぞ。診てやろうか?・・あれ、それ結局持ち帰ってきたのか。てっきり刃物屋か御祓い屋にでもに引き取ってもらうのかなって話してたけど。」
「いろいろあってな…なに?御祓い??」
いきなり起きあがった俺にびびって一歩下がったトナカイは瞬きを繰り返していた。
「だ・・だって、小舟に包丁だけなんて気持ち悪いって皆で言ってたじゃないか。後から来たお前が黙って持って行くから包丁がらみのことなら任せろって意味だと思ってその後誰も話題にしなかったんだぞ。」

トナカイの首根っこ捕まえて詳しくその日の話をさせる。
・・男などいなかったという。



思わず部屋を飛び出して甲板のウソップやビビちゃん達に話を聞く。
口々にする話は辻褄があっていた。本人達の方がびびっていて、少なくとも俺を騙そうとしている様子はなかった。

今日二度目の煙草が口から落ちた。






確かにグランドラインは何が起こるか解らない海なのかもしれない。
だからといって超常現象を鵜呑みに出来るほど俺の頭は溶けていないはずだ。
幽霊も奇跡も絶対信じない。

そりゃあ・・人の思いには限界なんて無い・・と思うがね。
想いと言うより執着って奴か?


これだけ執着できる物に俺は出会うことが出来るんだろうか?
ふと甲板の方を見る。
もう・・出会っているのかもしれねえ。


甲板の上、日の光の元で刃を翳せばよりいっそう艶を増しているようだ。
だが案外ぞっとする気配はなく、誇り高げにしているように思われる。
俺もコックだ。
俺が選ばれたというのなら受けて立ってやる。幾らでも憑いてきやがれ。
幽霊なんぞ絶対に信じてやるもんか。俺が跡を継いでやった・・と思って成仏しやがれ。
割り切れないまま相反する様々な思いを煙と一緒に吸い込んで、サンジは新しい包丁をしまい込んだ。




その夜半、サンジの包丁の包みの中が一度怪しく光った。
もしそこに誰かが居たらくっくっくと笑う声のようなものを聞いたと言っただろう。





島の夜。二人の美人が縁側から続いた庭先でお茶を戴いている。テーブルの上と庭に飾った幾つかの鉄細工にふわふわ揺れるカネムシが美しい。
「お婆ちゃま?“無銘の仁清”ってあれでしょう?『刀の鬼徹、包丁の・・』っていう・・。」
「あら?よく気付いたわね。偉い偉い。」
「子供扱いしないでね。伊達に『目利きのセッカ』の名を継いだ訳じゃないのよ。まさか持ち主無しの委任式が初仕事とは思わなかったけど。・・でも・・いいの?」
「う・・ん。あの包丁(こ)は、気に入らない持ち主は殺しちゃうって言う問題児よね。・・でもあのコックさん使ったって仰ったけど元気みたいだったし。あの包丁(こ)が選んだ料理人さんなのでしょ?カネムシの力も借りたんでしょうけど仁清の幽霊まで作り出すくらいだし。それなら持っていってもらった方が問題ないんじゃないかな・・ってね。」
「虫も殺せない顔してる癖に狸よね・・何かあったらどうするの?」
「ん・・多分大丈夫でしょ。今日この日にお出でになったんだから。」
にっこり笑う二人のティータイム。暦は12月24日。南国には珍しい柔らかな風が吹いていた。




The end



 



もう一つの話が先に出来たんで、困って作った話だったりします。
ですから、オチに持っていくことを念頭に書いてました。
あちらは時間的にこの間の話です。
またお婆さんがでてくるし・・・(笑)
これくらいなら最初からレディー扱いして貰えるんじゃないかというギリギリの。
一応セッカは鳥の名で捜しました。