その島は暑い島だった。
奇跡の島〜チョッパーver.
オレの自慢の毛皮は航海の度に変わる島々の気候に一々対応して生え替わることも出来ず、特に一番苦手な気候だった。
それでも夜の海上の風は少し心地よく、船底の寝室より甲板でそのまま寝ている方が楽だった。
しかし昼になればまた蒸し暑くなる気候に、オレは島に着いて三日目に体調を崩してしまった。まさに「医者の不養生。」
病気もしたことが無いというサンジやウソップと違って普通の馴鹿のオレには仕方がない。
それは諦めることが出来たが街の様子を見に行って貰っている間に調子が悪くなったので、島に降りることが出来ないのが残念だった。
暑いところに慣れていたはずのカルーの奴もオレと同じように動けなくなっていた。
砂漠の鳥にこの湿度は厳しいかもしれない。
(暑いのには慣れているはずなのに・・姫様に申し訳ないです)
律儀な姫付き鳥は恐縮がりながら横になり呻いていた。
今回の島は結構大きな街だったらしく、海賊旗を降ろして港から少し外れたところで停泊させた船からも夜の灯りの賑やかなことが見てとれた。
船の中では誰も俺のことを気にしないから良いが、新しい島に着く度にオレが行っても良いのかを考える癖は抜けない。皆に言えば気にしすぎと頭を小突かれるだけだというのに。
今回の島では特に敵もおらず問題もないらしく、銘々が勝手に船から下りていた。
ゾロなどは一度船に戻ったきり一週間以上も戻ってこなかった。
いつものことだが誰も心配していない。
「心配要らないわ。迷子になってるだけよ。」
そう言っていたナミもそう言えば4〜5日顔を見ていない。
なんとなく置いていかれた気になるのは病に伴う鬱みたいなもんだ。きっと。
だってビビはちゃんとカルーに付いて一緒にいる。
サンジもちゃんと俺達病人用のご飯を作ってくれる。
ウソップはお見舞(土産)をくれたし、
ルフィは…ルフィはなんとなく甲板で一人遊んでいてくれた。
寂しいなんて思うのは病気のせいだ。たぶん。
二〜三日で慣れたのか体調も回復してきた。
思いきって街に行くというルフィに訊いてみる。
「人の前に行くことになるけど・・オレも行っていいか?」
とっても嬉しそうに親指を立ててくれた。
今日は隣の小さな村に行くという。会う人も少ないだろう。なおさら安心していくことが出来る。
「おいチョッパー腹減ったなー。なんか食いに行かないか?」
美味そうな匂いのする安食堂のドアを開け、ルフィは店に飛び込んでいった。その後を追いかけて同じ席に座る。
ルフィの腹時計は他人のそれとは違うらしく客もまばらな時間だった。注文を取りに来たらしい中年男はオーナーらしかった。
「うちはペットはお断りだよ。」
憮然とした声は明らかにチョッパーを指している。
視線を合わせることもできずチョッパーは固まっている。
「コイツも客だぞ。」
かわりに座ったままのルフィがそのまま言葉を返した。
いきなりチョッパーの後ろから太い男の腕が伸び、トナカイの角を引っ張り持ち上げようとする。
「着ぐるみの子供かと思えば生きてんのか?これ?」
「痛ぇぞ!触んな!」
引っ張られる痛みに角を押さえチョッパーは男を睨みながら叫んだ。
「げっっ。喋った。」「おい!コイツ化けもんか?!」
男の声に周りが騒然とする。
「いったい何しに来たんだ!!」
「飯食いに。」
騒ぎにもルフィは全く動じない。訊かれたことをそのまま答える。
「うちはペットも化け物もお断りだ。」
オーナーの言葉に周りのヤジが大きくなる。
「化け物出て行け!」
「嫌がらせもいいとこだ!」
「誰が呼び込んだんだい!」
そこいらの備品を投げた奴もいたが、そのほか大勢は周りで大声を上げている。
最初の男はまだ角を引っ張ったまま嫌な感じに笑いながら離してくれない。
人型になったときにいつも見られた人間の反応に、体は固くなり目を瞑る。本能的に変身して逃げる準備を始めている。
「………。」
「!」
ルフィの腕が伸びてうなりをたてて飛んでいた。焦げるような匂いがして、刹那その側のガラスが割れた。
怖くて目を瞑っていたが、音と匂いはオレには解る。
騒々しかった空気が一瞬で凍った。
おそるおそる目を開けて見るとルフィの腕は最初にオレの角を引っ張った男の横にめり込んでいて、男は白目をむき気絶していた。
「ルフィ!……いいんだ。オレ…」
立ち上がり、自由になった頭を振ってからルフィを止めようと両手を出す。
「うるせえ!俺は俺の仲間を馬鹿にする奴は絶対許さねえ。」
伸びた腕を引き戻し、周囲を睨んだ瞳の迫力に異を唱えるものはいなかった。
「文句あるか?!」
一人一人・・黙って後ずさりしてオレ達の周りを離れていく。
未来の海賊王の迫力にかなう奴は居なかった。
そのまま外に出たがいい匂いをさせていた村一番の料理店には目もくれず、外れにあった少し寂れた店に駆け込むルフィに前足を引っ張られて連れて行かれた。
「あーー、肉、美味かった。」愛想の悪い女主人はこちらに一瞥くれた後に湯気の立った大きな皿を出してくれた。店にはオレ達の他に客もおらず、暗い感じの店だったが結構美味かった。何だかほっとする味だった。
「ごめん。オレが一緒に行ったから…お前、人の居ない時をわざわざ選んでくれたのに…。」
「あの店美味かったな!今度はみんなで来ようぜ!!」
帰り道でオレの言葉が終わる前に、聞こえない顔をしてルフィが大きな口を開けた笑顔でそう言った。
どうして人間にはこんな奴が居るんだろう。ドクターもドクトリーヌもこの船の奴らも、言葉や態度は乱暴な位なのに人のことばかり考えて、それを悟られないようにしたがる。
どうしてこんな奴らに会えたんだろう。
オレなんかただの青っ鼻の馴鹿なのに。
オレなんか連れていったら迷惑がかかるだけなのに。
今日は俺の誕生日。
この間のゾロの誕生日は宴会三昧だった。本人より周りが楽しそうなのもこの船では日常のこと。あのサンジもご馳走にしてくれていた。
とっても楽しい宴会だったのに、『オレももうすぐなんだ』ってどうしても言えなかった。
そして皆船を降りて今夜は誰もいない。
誰もいない甲板に一人でいるとなんとなく涙が溢れてくる。
「ドクター。乗りたくて乗った海賊船で、俺は楽しくて仕方ないんだけど・・
でも、本当にここにいても良いのかな?」
海に映る星と遠くの街の柔らかい明かりが遠くて自分が小さく感じられる。
そのまま小さいときの気持ちに重なった。
皆はその夜遅くや、次の日に三々五々帰ってきた。
「おう!ゾロ久しぶりだな。刀治ったんだな?」
マストの上に座ったルフィが声をかける。
「ああ。」
「ねえウソップ。賭はあたしの勝ちよ。」
「げっっっ。ゾロまた迷子になったのかよ。」
「てめェら 何を賭けてんだ!」
「サンジさん・・また新しい食材を見つけたみたいですね。」
「なに!喰ってこよう!いくぞカルー。」
「ルフィさん。カルーを悪い仲間にしないで!」
全員揃えばいつもの賑やかな夜を迎える。
サンジの新メニューを見て皆ご機嫌になった。
「昨日のクリスマスは全員揃わなかったから今日が代わりだな。」
そう言ってサンジは仕入れたばかりの大きなシャンパンをテーブルに並べた。
「おお!美味そーーー!こんな派手なのはゾロの誕生日以来じゃねえか?」
一番最後にウソップが手を洗ってきて、並んだご馳走を目で追って着席した。
「海の上じゃ飯の計算が必要なんだよ。特にてめェら相手ならな。次の誕生日がいつで誰のなのかきちんと聞いとかないと組立もパアだ。」
サンジがつまみ食い常習犯をキッチリ睨む。
「そうか…次は誰だ?いつご馳走が喰えるんだ?俺は5月だぞ。」
訊いているルフィの口の中にはもう鳥の唐揚げが放り込まれていた。
「俺様の方が早いな4月だ。」
「近いのはビビちゃんじゃねェか?2月だし。ナミさんは7月。」
「サンジさん詳しいですね・・トニーくんは?」
「…………オレ昨日。」
掠れた声で、帽子で顔を隠しながら言うチョッパーが居た。
「「!!!!」」
皆の視線が一斉に集まった。チョッパーは視線の痛みに余計に小さくなる。
「なぁ〜んで言わないのよ。」
ナミがチョッパーの帽子のつばを上げさせて覗き込む。
「解ってりゃきちんと帰って…少なくとも努力できたのに。」
「そうですよ…トニー君ったら水くさいじゃない。」
「だって……オレなんかが仲間扱いして貰って・・この船に乗れただけでも幸運なのに。これ以上願ったら罰が当たるよ。」
いきなりルフィがチョッパーの額に拳骨を振り下ろした。
「俺は“なんか”って言葉は大嫌いだ。二度と使うんじゃねえぞ。」
腕を組みながら怒り顔で言う。
怒り顔のルフィをまあまあと女性二人がなだめながら、一人はシャンパンを、一人はグラスをお盆に乗せて運ぼうと立ちあがる。
「そう言うクソ大事なことはきちっと言っとけ。…おい、じゃあ。」
サンジの視線を受け、残った男達が席を立つ。ゾロとウソップは外の宴会用のテーブル代わりの台を出しにいった。
ルフィさえも、どんなにいい匂いをさせた皿でも手を出さずに睨むだけにしている。
晴天の夜空の下、料理は一斉に外でセッティングしなおされた。
「宴会だーーーー!」
船長の一言で、いつもの宴会が始まった。
「えーー今日の主賓チョッパー君。 誕生日おめでとう!乾杯!」
手の中のコップが空で交わされて、中のビールが跳ねる。
「幾つになったんだーー?!」
「15年目だ」
「15歳の誕生日の次の日に!」
ウソップの音頭取りで乾杯が交わされた。何度も・・何度も。
誰もがチョッパーのグラスに触れに来る。
ついでに頭や肩を軽く小突いて笑っていく。
パン!パン!
ヒソヒソと言葉を交わしていたサンジとナミが振り向きざまにクラッカーを鳴らす。
目の前で鳴らされたチョッパーがまんまるに目を開けた。すぐに火薬の匂いに閉口して顔をしかめ、それを見た皆が大笑いする。
「これ・・誕生日のプレゼントになって良かった。」
ビビがにっこり笑いながら横に平らな箱を渡してくれる。
「綺麗に包んであげられなくてごめんなさい。」
少し申し訳なさそうに微笑んだ。横でカルーが自慢げに一声鳴いた。
「開けても良いか?」
「おう!開けろ開けろ!」グラスを片手に酔ったルフィが覗き込む。
紙包みを丁寧に外して開けていくと、平らな木箱の中にぎっしりと詰まったメス、鉗子、摂子、沢山の針、持針器などチョッパー以外には解らない医療器具がぎっしり詰まっていた。案外消耗品なので、困っていたのだ。
感激したチョッパーの目に涙が溜まって、声も出せずにビビを見上げる。
「ナミさんに頼まれていたんです。・・誰かさんの為らしいですけどね。」
こっそりチョッパーの耳元で小さな声で囁いた。
そしてクスリと笑って、甲板の端で耳だけこちらに傾けながら静かに飲んでいる短髪の男に視線を投げた。
「じゃあ私からは」
ナミはかがんで青く光った鼻先にキスしてくれた。
「あーーーー!まあ誕生日なら仕方ねェか。」少し忌々しげに、サンジが笑った。
「いいなー。良かったんじゃんかよーー。」ルフィは既に酔って顔が真っ赤だ。
「……安上がりだな。てめェらしいぜ。」少し顔が引きつったゾロが言った。
「そお?気持ちはこもってるわよ。」ウィンクしたナミらしい笑顔が綺麗だ。
「チョッパーの新しい道具にも!かんぱーーい!」ウソップもグラスを掲げて何度でも繰り返してくれている。そのたびに誰かのグラスと乾杯を繰り返す。
「お・・おい!あれなんだ?!」
ビビが買ってきてくれたお土産がボウッと光っている。
「んんっ?」 「アレッ?」 「うわっ!」
「あら???Luciola.ferrumis?」
ナミの言った名前に皆振り向いた。
「何だその変な名前?俺、島で見たぞ。」「ああオレも見ましたよ。」
街の中で、荷物の中身が、街の飾りに・・と口々に自分の体験を話していく。
「昨日しか光らないって聞いたけど…名残の虫なのかしらね。」
ナミはそっと光に手を添える。ナミの手も一緒に輝いて見える。
「発光虫なのか?」帽子に手をやったチョッパーが光る包みの前にかがんで座った。
「らしいわ。この島の人はカネムシって呼んでるんだって。鉄に反応するって言ってた。
帰ってからイーストブルーの本で見たらもう絶滅した種だって書いてあるのよ。」
ナミはクスリと微笑む。
「ここでしか見られないんでしょうね。光ってると奇跡を起こしてくれる虫なんだって。」
「奇跡………。」
凝視するチョッパーの顔に光を投げかけてからゆっくりそれらは揺らぎ、回旋を始めた。
「普通馴鹿は5〜6月に産まれるんだ。オレは半年以上も母親の中に長く居て、青っ鼻で産まれたから、他の馴鹿からも母親からも悪魔付って言われた。
母親の第一声は「私の赤ちゃんを帰して」だった。親は面倒を絶対見てくれなくって…気まぐれな年寄りの馴鹿とか他の生き物や、人里のミルクや食べ物を盗って大きくなったと思う。
まあ、あんまり憶えてないんだ そんなチビの頃は。」
「「………」」
「象やクジラじゃないんだ。7ヶ月の産み月から半年以上も親の腹の中にいたらどんなに危険か今のオレなら解る。
でもオレは生きて産まれた。
いつもひもじくて・・おかげで今でも馴鹿としたらとっても小さいけど。
腹が減ってたから悪魔の実まで食って・・
エッエッ アレ不味いんだよな?ルフィ。
でもそのおかげでドクターやドクトリーヌに会えて、皆に会えてこの船にいる。
…こっちの方がオレにとっては奇跡だ。もう充分すぎるくらいなんだけどな。
でも・・次に奇跡が起こるんなら…そうなら完全に人間型に変身出来るようになりたいな。
そうしたら皆に迷惑をかけずに済むのに。」
くるくる回旋していたカネムシが、回る渦を大きく、高くしていく。光の輪は大きくなってゴーイングメリー号の周りを回遊して、陸の方へと散っていった。
親のいるものも、親代わりと出会った者もこの小さな馴鹿の静かな目を見つめ、飛んでいった光の軌跡に目をやった。
「よし、お前は昨日この船で産まれたんだ。んで、今の形にオレ達がなって欲しかったんだ。」
大まじめな顔でルフィが言い切った。
「「はあ??」」
皆も言われたチョッパーもルフィの言いたいことが解らない。
空になったグラスを持ってすっとゾロが立ち上がり、チョッパーの近くに来た。
今まで殆ど口を訊かなかったゾロがチョッパーの肩に手を乗せてしゃがみ込んで目線の高さを合わせ顔を覗き込む。
「お前は昨日生まれ変わったってェ事だ。たまたま前世を憶えてるらしいがな。
まあそんな昔のことなんだから良かったことだけ憶えてりゃいいだろ?
いつまでも捕らわれてんじゃねェよ。
人は何度でも生まれ変わることが出来る。そう言いたいんだ。」
言いながら自分を見るゾロにルフィは黙ってニヤリと口端を上げる。
「それに今の形のお前が俺達は大好きだぞ。ふかふかして、絵にも描きやすいし、それ以外のお前なんて想像もつかねぇや。」
背中の方からウソップが声をかける。
「私より先に仲間になった先輩でしょ?カルーだって同じこと思ってるわ。」
ビビが少し離れたところで座り込みながら両手で持ったグラスを掲げにっこり微笑んだ。横のカルーも笑ってみせる。
ゾロの横にナミも同じように座り込んだ。
「あんたの産まれた日は素敵な日よ。イーストブルーの人はいっぱい祝ってる。
この島にも奇跡なんて幾つも起きていたわ。そして私達はこの日を絶対忘れない。
自分の習慣が世界の常識なんてふざけたことを言うつもりはないけど
きっと世界中から愛されてる。そんな素敵な日よ。」
みんなの言葉は唄のようにチョッパーの心に浸みてくる。
この形のオレがここにいても良いんだ。皆で、認めてくれるんだ。
オレはここから一人で歩いていけるんだ。
誇りと歓喜で上手く言葉が見つからない。
ドラムの桜を見たとき以来の激しさで、チョッパーの目から鼻から涙が溢れ続ける。
「じゃあ改めて。」サンジが転がっていた樽から新しいお酒を皆に注いだ。
「「ハッピーバースディ チョッパー。ここに 産まれてきてくれて、ありがとう」」
静かな声の重なりにチョッパーの涙は乾くことがなかった。
次の朝サンジの買い出しも終わり一杯に膨れた貯蔵庫と誇らしげな笑顔が沢山あるゴーイングメリー号の上。
銘々が何かを手にしてこの島を離れていく。
「どの島でも思うんだけどよ。なんか心に残る感じのする島だったなあ。」
「ああ。」
ニヤと船長は大きく口元で笑った。
「次の島へ行くぞ!」
帆にいっぱい風を受け、僕らの船は今日も冒険を続けていく。
The end
これでこの島の話は終わりです。
長い話におつきあいいただきありがとうございました。
クルーの誰かの出会った話があなたの心に少しでも残れば幸いです。
Luciola.ferrumisはこの虫の学名で造語です。
意訳すれば『鉄の蛍』といったところです。
大円団です。
クリスマスといえばチョパのお誕生日なので
全員の話を書くと決めたときに最後はチョパと決めました。
現実にクルー達は彼を人として対応しています。
でもチョッパーがそれに慣れて受け入れるまで時間がかかると思ったのです。