one dish





「お待たせ、ロビンちゃん。」
柔らかい声とタバコの香り。優しさと尊敬に満ちた明るい瞳。
差し出される飾りにまで手の込んだ軽食やデザート。
最初の食事から最後の食事まで。いつでも彼が提供してくれたのは皿だけではなかった。








「私に?」
続く言葉は選べなかった。

この船に着いてすぐにキッチンに姿を消した彼がトレイを片手に現れた。
それこそ瞬間移動したくらいに時間を消費していない。

なんと言ったらよい? 疑ってないの?同情は結構よ?それとも船長さんの言いなりで心ならずも?それとも身体が目当てかしら?
言葉が継げなかったのは船長さんと同じように邪気がなかったからだ。

「何も食べてないでしょ?お茶飲んでただけで。倉庫も冷蔵庫もそのままだもん、すぐ解るよ。」
にこっと微笑みながら皿の向きをさりげなく自然な動作で給仕する彼独特のスタイル。
「・・頂いて良いのかしら?」
「どうぞ。あいつらはさっき出る前に喰わせたばかりだし。」
船長が受け入れた今の状態で私に食事を出せば、仲間と認めたことになる。
「もちろん。貴方のためだけに用意しました。お口に合えば光栄の至り。」

船の上から放り出す様なことはすまい、よしんばそれなら強引に腕に物を言わせて居座るまでと腹をくくっていたのに船長さんはあっさり私を受け入れた。
剣士さんの凍った態度が今までの私には一番なじんだ物だったのに、尋問ごっこや宝石ごっこでそのまま長鼻君や船医さんや航海士さんが受け入れてくれたことが不思議ではあったが、ありがたかった。



甲板の騒動が落ち着いて、ほっと静かに溜息を漏らした瞬間に彼が側に立っていた。気配は読めていたはずなのに、あまりに自然で邪気のない笑顔に驚いたことを気取られないように振り向いた。

目の前にはアラバスタのスパイスの香りの強いキュウリのピクルスを使ったサンドウィッチ。
添えられた熱く、濃く入れられたコーヒーの香りどろっと深い色は私が好んだ物だった。
コーヒーはスパイスのフレーバーとどこか共通していた。それが一人分だけ、彼が捧げ持ったトレイの上に乗っていた。
正直、組織の中でもっと高級な食材を口にする機会もあった。だが裏切りと欺瞞に満ちたテーブルでの食事は気鬱が毎日続いていた。

仲間の証のやさしい食事の用意。
でもこれは、それだけじゃない。


これは・・私のための料理。
私のために彼が作ってくれた料理。


胸がコトンと鳴る。
目頭が熱くなる。
熱くなり、下瞼に柔らかな水滴の貯留を感じる。
熱い。


「ロビンちゃん?」
「あ、いえ、ちょっと風が目に入ったみたい。海の上は風が強いわ。」

心臓の音が聞かれてしまうのではないかと思った。
涙を見られてしまうのではないかと思った。
そのまま上を向けずに隠すように料理に手を伸ばす。

「ありがとう。美味しそう。」
「光栄です。」

さくっと口の中で一口の大きさに噛み切る。ゆっくり咀嚼して舌に絡みつかせて味わいを楽しむ。
柔らかいマスタードの味と香りが薄く切られた燻されたアラバスタターキーの肉と合っていた。
口腔から鼻に抜けていく香りの快感と柔らかく口の粘膜に絡む触覚の快感よりももっと響く。
一筋の涙が眼からこぼれ落ちていくのを止められなかった。

「あれ?ロビンちゃん?辛い?それともマスタード駄目だった?」
「いいえ、本当に。本当に、美味しいわ。」

取り繕ったその答えに返される満足そうな笑顔にさっきと同じ胸の音がコトリと響く。
その音はいつまでも身体の奥底で静かに静かに響いていた。



どんなときでも彼が私に差し出したのは毎食のトレイの上に載せられた気持ちのこもった極上の料理と愛。
仲間に対して振る舞うもの、区別も差別もない。
心の奥底で尖っていた茨の檻が少しずつ脱げていく。

心地よかった。









爆音が轟いた。嵐の海の中走る列車が悲鳴のようなうねりをあげている。
彼が私を見つけて輝いた瞳。
あの日と全く変わらない優しい眼差し。

私は裏切らなくてはならない。
私を受け入れてくれた貴方達を。
私のための食事をいつもくれた貴方を。

「私は助けて欲しいなんてこれっぽっちも思ってない!」

切り離された車両はどんどん遠ざかっていく。
あの瞳ももう見えない。



私のためのあの一皿だけで、私は充分報われたの。
だから、貴方達を裏切らせて。
これ以上、追ってこないで。