医者の俺の戦場は患者の居る所。海賊の俺の戦場は船の上。
俺は医者として頑張った。と思う。
でも頑張るだけじゃないもっと大事な事を教わった。
チョパ日記ー背中ー
その日ある風が吹いた。
その風に乗った鳥が運んだ物は・・・・。
「お、また寝ちまったか。」
ゾロはいつものごとくの昼寝から目を覚ました。
珍しく風の無い日で船は進行を止められた。それでも気温は悪くない。寝るには上等だ。もっともナミに言わせると「あんたに寝る為の適温なんてあるの?」だそうだが。
ただ今日は目が覚めてからなにがしかの違和感をぬぐえなかった。
どうも状況はおかしい。いつもの喧噪が聞こえない。
ただ聞こえない事ならあっても可笑しくない。珍しいとはいえルフィが静かなときもある。
眠っているとき以外で。
それは以前ビビに話をきかせて貰っていたり、ウソップと悪巧みをしていたり、食料を狙っている時などだ。どれもその後が数倍騒がしい。
しかし今日のそれはいつものどれとも違っていた。
「おい。」
誰に声を掛けるでなく甲板を降りていく、どうやら声は船底から聞こえるようだ。そのままマストのタラップを降りるとそこには凄惨な地獄絵図があった。
むっとした部屋の中赤い顔に衣類や寝具のありったけを巻いたぐったりとしたルフィとウソップが居る。
「さ・・ぶ・・い・・。」
二人はがちがち歯を鳴らし脚を震わせている。
「多分風邪だよ。昨日渡り鳥の糞が甲板に巻かれたろ?アレに乗ってきたんだと思う。」
マスクで看病を続けるチョッパーが氷を入れた盥にタオルを入れて運んでいる。
風が吹いた。
その時ロビンは甲板で本を読み、その周囲でルフィとウソップが遊んでいて鳥の糞が落ちてきたその珍しさに大騒ぎになった。ナミとチョッパーは遠巻きに蜜柑の手入れをしていたから喧噪だけは知っている。確かその時サンジは・・・。
船底の蓋が開いて男が一人落ちてきた。
「おい、船の揺れが凄いしそれに冬島に近づいたのか?クソ寒いぞ。」
真っ赤な顔で息を荒げて自慢のネクタイも苦しいので解き、ある意味妙に色っぽい姿である。
「おまえもか!」チョッパーが唸った。
あの日サンジはロビンに渡す彼女指定のお茶と小菓子を付けて給仕しようとロビンの側に近寄った。その側で例の糞に近寄っていたルフィ達がそれを取り上げるとその糞は風邪に乗り欠片が飛びかけたので怒ったサンジが二人に走り寄り顔面に蹴りを入れたのだ。
船底に色々手や足が生えている。どれも熱い所を診るとロビンも既に罹患しているようだ。
「ゾロ!来ちゃ駄目だ!!お前も移ったら船が困る!」
チョッパーの剣幕に押されてゾロは部屋を追い出された。
「今ロビンもこっちに来て貰うから!こっちは病室だ!入るなよ!!」
二つの部屋の間のドアを開けて女部屋に入ったチョッパーが獣型になりロビンをさっと抱えてまたドアを閉めた。
「ナミもこっちに来ちゃ駄目だ!ルフィが引く位の風なんだから何があるかわかんないぞ!!」
ルフィは言葉もない。初めての体験のはずだ。最初は面白がって飛び回っていたが、さっきから動く気配がない。
「駄目だ・・・ナミさんと・・ロビンちゃんには・・俺の愛の籠もった手料理と病人食を・・・。」
「寝ろ!!」
主治医の声はきびきびと伝わり、風邪など引いた事もない病人達は経験のない凄まじさに素直に従った。
追い出されたゾロは人気のなさにキッチンに行って見た。
いつもならサンジの料理の匂いと誰かが居るその部屋も今は閑散としている。冷蔵庫を開けてビールを一便取り出すとそのままラッパ飲みに口にくわえた。
その後からドアの開く音がしてそのまま振り向いた。ナミだ。まだ風邪の餌食にはなっていないらしい。
「さて、飯はどうする?」
「サンジ君潰れたから何もないわね。」
「お前作れるか?」
「お金払ってくれる?」
「病人とチョッパーの分で金取る気か?」
「じゃぁあんたが作る訳?」
ナミは足元を見た表情で微笑んでいる。ゾロはビールを一気に空けてその瓶をテーブルに置いた。下唇を突きだしたかと思うとそのまま黙ってサンジの領域に足を踏み入れた。
「病人にはこれでも喰わせとけ。」
大鍋にどんと一杯の粥が作られている。お茶の香りと重なって健康な人間でも食欲をそそられるほっとした良い匂いがする。ナミは唖然としたままだった。ゾロが台所で人の為に料理するなど今までの航海でも見た事もない。
「茶粥?何処で覚えたのよ?」
「年寄りが良く作ってたからな。鍛えりゃ人間何でも出来るんだよ。」
余っていた米はゾロの手に合わせたように大きく握られて一番の大皿を出してその上に並べてある。並べてからいきなり上から塩をふる姿が見えた。中身は何も入ってない。ゾロらしいと言えば・・ちまちました料理ではなかった辺りが少し安心した。
にやりと笑ってもう一本ビールを出したと思うとそこで一気に開けた。
「これならウソップでもロビンでも大丈夫だろ。ルフィは何でも喰うだけだからな。」
「へぇ。あんたの料理なんて初めて見たわ。これならグランドラインに入る前にも作ってもらえば良かった。」
「あん時ゃ材料もなかったろーが。料理するのが嫌ではなっから非常食ばっか積み込んだ癖に。」
「ばれてた?でも出来ない訳じゃないわ。したくなかったのよ。」
「それに俺ゃこれっくらいっきゃ出来ねーぞ。」
「ふぅん。」
空になった瓶を横に置いて立ち上がったゾロが鍋を持った。船底に持っていくつもりらしい。
「皿が要るわよ」
ナミは皿と匙を載せた盆をゾロの後ろから放り投げると背中を見せたままでゾロはそれを片手に受け取った。
「サンジみたいね。」
「馬鹿と一緒にすんな。」
片手に鍋と片手に盆。後ろ姿は案外似合っている。
にっこり微笑んだナミは独りで改めて座ると食卓の上の握り飯を掴み食べ始めた。
大きいし握力のせいかえらく堅いおにぎり。今はこのまま他の用意しないでゾロの御飯という珍しい物を味わってみたかった。
ゾロが階下に降りると病人4人は寝ていた。
チョッパーがその真ん中に座り込んで薬の石臼に被さるようにこれもぼんやりしている。
寝ているのかとゾロはそっとチョッパーの前に回って鍋を置いた。疲れただろうに寝ているのなら空いている隙間に寝かせてやった方が良い。
ところがチョッパーは目が開いたままうつろな顔をしている。顔が・・瞳の色が憔悴しきって暗い。
「おい。疲れてるんなら寝た方が良いぞ。」
そう声を掛けて床の準備をしようとすると
「あ?ゾロ??えっと俺は寝てなんか居ないぞ!!俺は医者だからずっと病人看てなくちゃ!」
焦って立ち上がり答えるチョッパーの足下がふらついている。
「おい、無理すんな。寝れる時に寝とけ。」
そう言ってチョッパーの腕を引くとその手が熱い。
改めて顔を見ればこれも上気して居る癖に青ざめて完全にうつってしまっているのだ。
「お前も病人じゃねぇか。大人しく寝てろ。」
人獣型のチョッパーをひょいと抱えてハンモックに押し込もうとするとチョッパーは全力で暴れ始めた。抱えれば熱を持っているのがはっきり判る。
「だって俺は医者だ!医者は病気になっちゃいけないんだ!!病人を助けなきゃいけないんだから!!」
全身で抵抗するチョッパーだがゾロの体力の前には赤子も同然だ。聞き分けないチョッパーにゾロは溜息を吐いた。
「医者だって人だ。病気もする。」
「それじゃ駄目なんだ!俺が診ないと・・」
熱の勢いもあって半べそを掻くチョッパーだが、こうなったらルフィの次位に頑固な事も知っている。そもそもこの船の面子は事己の事に関しては非常に頑固者が揃っている。そう言う環境をゾロは気に入っているが今はそう言う事態ではない。
「コックでなくても飯位作れるぞ。」
チョッパーを片手で抱えてゾロが鍋を親指で指さした。
「ナミが病気の時には航路も見てた。」
もちろんそれで怒られた事は言わないが。
「お前がみたてれば後の看護位誰だって出来る。そう独りでとんがって背負い込むな。仲間に背中を預ける事も覚えろ。」
「・・・背中?」
ゾロが淡々と語るので熱がちとは言えチョッパーも落ち着いてその言葉を受け入れる事が出来たようだ。頭ごなしの不可では無かったから。
「ここは医者のお前の戦場かもしれねぇ。お前が出来る事やお前にしかできねぇことはお前のモンだ。それに手を出すとか言う気はねぇ。けど具合が悪くなってるんだそん時はきちんと休んでとっとと治せ。仲間ってのは背中位は預けて良い奴らの事じゃねぇか?出来ない事を認めて助けて貰うのは恥ずかしいことじゃねぇ。今はそれを覚えろ。」
「ゾロも・・預けてる・・?」
チョッパーの問いにゾロはにやりと笑った。預けた背中達は今はぐったりしている。
「馬鹿な船長だがそう言うことだけは本当のことを知ってるから困りモンだ。
だから安心しろ。今みんな寝てるだろ。風邪は寝るしかねぇんだろ?こいつ等勝手に治るに決まってる。心配するな。
お前も少し喰ってから寝ろ。自分に要る薬は判るんだろ?」
チョッパーはようやく頷いた。
熱で余り食べられないけどそれでも少し食べて水をしっかり飲んだ。薬も。
ゾロはチョッパーの目の前でただ座って、チョッパーがハンモックに入るまで付き合ってくれていた。
「おし、大丈夫そうだな・・・・ぶぅぇっくしょん!」
「まさかゾロも風邪か????」
くしゃみから始まるのだこの風邪は。そして悪寒と発熱。
「俺は大丈夫だ。寝れば治るだろ。俺は寝れる。俺のとっておきの薬もある。心配しないで寝ろ。」
「だって・・・。」
「お前が寝ないと俺も寝ないぞ。医者が患者にそんなことして良いのか?」
「だっっ・・・わかった。俺はゾロに背中を預けるからこの薬飲んで寝ろよ。」
チョッパーの調合した熱冷ましをゾロの体格に合わせて渡す。
「ってどこいくんだ??」
「特効薬を取りに行くだけだ、きちんと寝るから心配するな。」
ゾロはそう言うとマストを登り始めた。甲板に出るつもりらしい。
チョッパーが次の言葉を挟む前にゾロは軽く登っていってしまった。
(大丈夫かな?でも俺はゾロに背中を預けてちゃんと寝て治すんだ。)
寒気が少し収まってきた。チョッパーは寝ることにした。
夜半今夜は女部屋で。
「あんたも風邪?うつると嫌だから外で寝なさいよ。」
「・・解った。その前に薬よこせよ。」
「薬?さっきチョッパーに貰ったんでしょ?」
「俺の特効薬の湯湯婆。」
「ちょっと待ってよ病人が一体何する気?!!」
「汗かいてその後寝れば良いんだそうだ。」
「さっさと寝ろ!!・・・・・って・・・何で病気なのに体力底なしなの???」
「諦めろ。」
「諦めてたま・・・」
次の日五人が全快して甲板に登ると今度は順番とばかりにゾロとナミが仲良く風邪を引いていた。
非常に元気になったチョッパーの薬とサンジの御飯とウソップの歌声とロビンがログポースを握るという最上の環境で二人は病人生活を満喫した。
ナミの怒りはゾロ独りに向いていた。
最後の土壇場で執念の一気書きSS。
癒しが欲しいチョパへゾロパパより愛を込めて。
ささやかだけどチョパに受け取って欲しいです。2002/12/25 21:00 かるらより