『絵本』 |
船内では飯の後片づけは喰った奴が順にやる決まりになっている。だだ明日の仕込みとなると妙な鼠もいることだし全部を任せられない。どうあってもサンジが夜半の仕事の割を食うのは良くあることで本人は慣れてると気にしている様子はない。その分見張りなんかは免除されることが誰が言いだすでもなく自然と決まっていた。共に生活する者のルールだ。 今夜も明朝の飯の仕込みを終えて船底に降りるといつもとはうってかわった静けさで、珍しく皆寝ていた。今夜は寒い割には誰も酒を飲まなかったせいか鼾も余り聞こえず静かな夜だ。消し忘れて寝入ってしまったのか灯りはまだ点っていて、その灯りを避けるように皆背を向けて寝息も立てずに寝ている。 サンジはジャケットを脱ぎ、ソファの上に放り投げてから自分のハンモックに登ろうとしてそこに置かれた一冊の冊子に気が付いた。 「なんだぁ?ウソップか?」 『ウソップ作』と表紙に書いてあるところを見ると主張したいらしい。うっかり置いたのか見ろと言う事なのかをサンジは考えてその冊子を手に取った。今度は本か?どうせいつもの作品の端くれだろう。 「だったらてめぇん所に片付けろってんだ。」 ぶつぶつ言いながら手に取ったそれは自作の絵本のような色使いで、表紙には黄色い鳥が描いてある。 黙りこくったサンジの本を持つ手がぶるぶる震えだした。 タイトルは『アヒルのコックさん』。表紙のそいつは片目で、眉がぐるっと巻いてあって当てつけにせよどう見てもサンジに向けてあるようだ。 「ああぁ〜ん?上等だ、あんにゃろう喧嘩売ってんのかぁ?」 振り返ってみればウソップは背中を向こうに向けたまま怒りのオーラにも気が付かないのかゆっくりした呼吸揺れている。眠ってしまっているようだ。 お仕置きは明朝考えればいい事だ。サンジは煙草を吸い込んで数ページほどの厚さの冊子に目をやり、改めて表紙をめくった。 『アヒルのコックさんは今日も大忙し。 黄色い体毛とくるんと回った眉を整えて。 あちらのコマドリさんにもオレンジ色のウミネコさんにも遠くの水色のルリビタキさんにももっと遠くのノジコさんにも愛の言葉を贈ることを忘れません。 手の届く女性には素敵なデザートと料理を。 遠くの女性には溢れんばかりの思いを空に送ります。』 「けっっ」 『ある日そのコックさんの前に真っ赤で大きな口を開けた麦藁色のツバメが泣いていました。 コックさんはその口に御飯をあげました。 次に来たのは緑色の少し(態度も)大きめの小鳥でした。 黙って口を開けて立って睨むのでその口にも御飯を入れました。 次には巻き髪の子鳥さんがやってきました。 良く囀るので黙りやがれと飯を押し込みました。 最後に馴鹿が泣いてきたので泣くんじゃないと飯を食わせました。 麦藁のツバメはもっとおくれ、もっとおくれとずっと口を開け続けるので仕方がないからアヒルのコックさんは自分のからだを引き裂いて山ほどの御飯をあげるとツバメのお腹が大きく伸びました。 アヒルのコックさんは他鳥の口が開いていると食べ物を入れずにはいられないのです。』 童話にしても台詞毎に細かくそれぞれの台詞にあわせて銘々に良く似た鳥の絵が綺麗な柔らかい色使いで描かれている。話の中身はともかくもウソップの色彩のセンスは自分の料理の時の色使いと似たところがあってサンジは気に入っていた。 「だぁれが野郎相手にそこまでするかよ。」 先ほどとはうってかわった優しい声でそう言いながらサンジはゆっくりと次のページを開いた。 『自分の羽をむしっても皆に御飯をくれるアヒルのコックさんにみんな感謝してお礼が言いたくなりました。でも皆恥ずかしくって何も言えません。 だから手紙を書くことにしました。』 手紙とはまた彼らには今一つぴんと来ない表現だ。サンジは首をかしげた。自分にとって一人一人の【旨い】の一言がどれほど嬉しいかを彼奴等判ってない、と苦笑する。 そして次をゆっくり開くと色の洪水が目に飛び込んできた。 『お礼の手紙は・・・・・・』 そこには真っ赤な手形が押されていた。 ピンと開きすんなり伸びた鮮やかに開いた手の形の上に【旨い!だから肉!!もっと!!!】とはみ出す勢いの筆跡で書かれている。字面が汚いのも奴らしい。 その右斜め下に桃色の桜の形の文様が二つ並んで、その横に【また一緒にパンを焼こうな】とあの蹄で書かれた几帳面な筆跡が見える。 その横には緑色の四本のごつい線が並んでいる。紙のめり込みによる皺が、刀を持つ手の拳なのだと気が付くのに少し時間が必要だった。【ごちそうさま】と脇の堅めの筆跡に吃驚した。そう言えば奴の字は見たことはなかった。 見開かれた対のページにはオレンジ系の赤とブルーが入って少し紫がかった赤のキスマークが並んでいる。膨らみ具合の違いからも本人達によるモノだろう。マークの上に連なるように一言【溢れる愛に感謝を込めて】と書いてある。 その下にここだけは文字だけで【お誕生日おめでとう我らの料理長殿。明日はキノコだけは止めてくれ】 そこで本は終わっていた。 ぱたりと本を閉じると黙ったままサンジは煙草をもみ消すと天井の灯りを消した。自分のハンモックにさらりと入って毛布を頭まですっぽり被る。その冊子も一緒に隠された。暗ければ判るまいと思ったのだろうか。それでも嘘寝していた皆はサンジの首から黄色の髪の下まで真っ赤になっているところを盗み見ることが出来た。 動きはなくともそれぞれに得た満足の中に夜の静寂は降りてきて一人、また一人と寝息が重なって、ドアの向こうの部屋からも呼吸を殺した息づかいが一つ、二つと消えていった。 次の朝の食事はこれまでになく大量で、気合いの入った物だった。ルフィが涎を垂らすほどこれでもかと並んだ朝食の、一番大きな魚はキノコ付きでウソップの皿の上に置かれていた。 end <一言> サンジ君から皆が貰った愛は熟成されてまた彼に返っていくのです。 無償で全員に提供するサンジだからこそでしょう。 それ故に単独相手のカップルものはまだ巧く書けないんです。 ここに到るまでに私のパソの中に色々なサンジの屍は累々と転がってます。 みっくすさんのキリ番ニアミス申告のおかげで毒が抜けた作品を書けました。 ヤフメの会話は濃いけれど作品はあっさりで。 |
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