衣 |
「不思議。グランドラインで観る月も同じなのに。」 見事な真円が遠い水平線から顔を出し、ゆっくりと登り詰めていく。 形の全き姿が照らす波の静寂。 静かに水を跳ね返し寄せては返し、船にぶつかり消えゆく波の姿を月の光が照らし出す。 本来は行き先を示す月と空の星の運行すらここではその役割を失い人を惑わせる。 そんな世界の中、ナミの声は水面に溶けずに音を消したはずのこの世界に響いた。 「……どうした?」 低い声がナミの耳元で響く。 聞き慣れたいつも彼女を酔わせる声。 「……独り言。あんたにはわかんない話よ。」 己の声が産む世界とその声の響きが作る世界の中で、ナミは軽くはぐらかす。 どの世界にあってもナミはナミであって、決して侵されることなく存在し、思考を巡らせる。 男の腕の中で如何ほどに組み敷かれ、形を変えようとも、彼女は決して己を見失うことはない。 「月の光か……俺は好きだぜ。」 視線に強く含まれた意味は伸びてきた大きな手の中に飲み込まれた。 その太くてごつい指先のもたらす意外な繊細さにいつも己を酔わせられる。 それでも自分は失われたことがない。 「お前が見える。奥の方も。」 指が奥に絡んでくる。滴り落ちる粘液。こじあける指。それを飲み込む柔らかな肉。 「見えるものが、全部、じゃないわ。」 謎めいた言葉は男を止めず、もっと深くに進ませる。 謎もナミも、判らずとも飲み込んでしまう漢の瞳に映るのは、月の光を我が身に写した姿。隠すことなど無い欲望。 その瞳の中、漢の欲は自分が引き出した物。その快感になにより酔いしれる。 夜の海。 身に纏い己を隠す衣など要らない。 月の光が私を包む。 魅惑するために。 蠱惑するために。 |