太陽の拳 サニー号の甲板に夕日が当たってる。この暖かい日の光もあの深い霧の中の巨大な船には届かず、強くて大きなルフィという名の新しくて何より強い星があいつらをやっつけた。 「チョッパー?どーした?」 チョッパーが座っている芝生の甲板の上を海風が渡ってゆく。 夕日に照らされた芝はオレンジ色に見える。 海も同じ色に染まって、チョッパーの青い鼻も同じ色に染まっていた。 「あ、ルフィ」 「どうした?ぼんやりして。腹減ったのか?」 ルフィの腹の虫が軽く鳴った。 二人、目を合わせてにやっと口を揃え、チョッパーは軽く歯を見せながら笑って首を横に振った。 「ううんたいしたことない・・ちょっと太陽を見てぼんやりしてただけだから。」 チョッパーの毛が風にさわさわと揺れている。横顔は口の端だけはあがっているがぼんやりした視線を前から外さない。 腹の減ったルフィにしては珍しくちょこんとチョッパーの横に腰を下ろした。 「なぁルフィ、自分に影が入ってたときの事って・・ちゃんと覚えてる?」 「ああ?ん−−そーだなぁ・・ってなんでだ?」 あははとチョッパーは頭を掻いた。 「いやー。もし覚えて居るんだったら受け入れたルフィの身体が影達のそれぞれの記憶も覚えてるのかもしれないって思ったんだけど・・」 ルフィの身体には100体の影が入った。それらの力を全て操っていた。身体を通して魂の記憶は受け継がれないのだろうか?どの図書館でも答えは得られないとロビンは言った。そのとおり。でも目の前には生きたルフィが居る。自分は影を受け入れて、自分の影も他人に入ったルフィが居る。 「そりゃぁ、無理」 ルフィはきっぱりと手を振った。 「じゃ、剣は今じゃ使えない?」 「全然。帰ってから持ち出して落としてゾロにえっらい怒られた。」 ルフィはしっしっしと笑い転げてる。 えーーーっと驚いて見せて、でもしっしっしと同じ笑顔で答えながらチョッパーは座ったままの膝を抱えた。 「なぁ。俺、あいつを許せなかった。」 あいつが誰を差すのかは言葉に出来なかった。 ルフィはその気持ちを判ってか、何も聞かなかった。 沈黙は堰になったがそれでも気持ちが溢れてくる。クワッと押さえられない物が身体の中から溢れてくる。 堪えられない気持ちが抑えられない。 「だって!他人の命を物として扱うなんて!医者として許されるはずがないよっ!」 抱えた膝のまま動かない。それでも声は荒れる。怒りに身が震える。 なのに。 それなのに。 チョッパーは膝をぎゅっと抱え背を丸くした。 「けど・・だけど一方ではあの技量が俺の物になるのなら更なる悪魔にこの身を売っても良いかと思った自分も居るんだ。」 小さい声だった。 小さい声しか出なかった。 ルフィはじっとチョッパーの横顔を見ている。 視線は冷たくはなかった。だが見られていることをチョッパーは意識した。 言葉が勝手に早くなる。 「だって。医者なんてただの職人だ。ある程度までならなろうと思えば成れるさ。一流の医者には努力で成れる。けど超一流の外科医になるにはどうしても才能がいるんだ。」 チョッパーは自分の小さな手を見つめた。 手が覚える技術。目が覚える技術。全身の全てを使って職人は己の技量に起こりと命を賭ける。それは職人の自分に誇りを持つフランキーを見ていても航海するナミを見ていても、料理には真剣なサンジを見ても思う。 短い指。変化してもごつい手だ。もっとしなやかな指だったら良かった。もっともっと。どんどん要らぬ欲が膨らんでくる。 「それは画家が、小説家が、音楽家が切望する物と同じだ。でも。きっと何処ででも歴史に名の残るような才能を目の前で見てしまった努力家達がそこで膝を屈してきたんだろうなぁ。って自分を見てるとそう思う。 オレ、もの凄く切ない。」 俺も切望する側だから。 幼い頃切望したのは自分という化け物を判ってくれる者だった。 それを手に入れて。しかも何人も手に入れて。 俺はなんて貪欲になったんだろう。 「どうする、ルフィ?俺がホグパックみたいなことを言い出したら?」 他人の命よりも技量を大切にしかできなくなったら? 他人よりも自分が大事になってしまったら? 海風が甲板の草の間を抜けていく。 ざわざわ言う優しい音はこの船がメリーと違うことを思い出す。 今でも俺たちはもの凄く遠くまで来てる。 それでも太陽の色は変わらなくて。ルフィの腕は蜜柑色に染まってる。 「関係・・ねぇよなぁ」 「え?」 ルフィは帽子を少し持ち上げた。顔に夕日が射し込んでルフィの顔も蜜柑色になる。 「そりゃーそうなったらおめーは嫌な奴だな。でもお前は絶対にそんな奴にならねぇよ。けどな。」 ルフィの笑顔はいつもと同じだった。 「なりたくねぇお前になんて俺たちがさせねぇ。もしそうなったら俺がぶん殴って止めてやる。だから心配もいらねぇ。そんだけだ。」 ルフィは腕をまくって拳を示した。 太陽を背にしてその拳は浮かび上がる。血管と、筋肉と。そして赤い血の流れる彩り。 ああ、どんな日の光よりも輝いてる希望の拳だ。 ああ。 これが輝いてる限りきっと俺たちは道を間違えない。 俺が駄目な奴になりそうになったらこいつか、もしくは誰かがぶん殴ってやめさせてくれる。 俺も仲間が変になったら巨大化してぶん殴ってでも止めさせる。 そしてもしこの希望の拳が曇ったら今度は俺たちがみんなでぶっ飛ばすんだ。ルフィの魂の入った怪物と戦ったように。 ルフィが戻ってくれることを疑うことなくそうできる。 「うわーーー。すっげぇ痛そう。」 チョッパーはくすくす笑い出した。 「だろ?あれで居てナミのとかウソップのなんてもの凄く痛そうだよなー。」 ルフィもくすくす笑い出した。 「ゾロだってサンジだって。あーロビンは締め上げるだけだと思うけどフランキーのも痛そうだね。」 「だろ?そんな腕がえっと・・・ひい、ふぅ、みぃ・・えっと・・」 ルフィは指を立てて数え始めた。 「14本?」 「そ、そうだ!14本もあるんだ!絶対におかしくなんてなってる閑がねぇよ!」 太陽は沈む直前に最も美しい輝きを見せていた。 だが目の前にはもっと輝いている者が居る。 誰よりもきっと、本能で仲間全てを理解する腕がここにある。 沈む太陽の残滓よりももっと輝く腕が、ここに。 「おーーい!」 サンジの声が聞こえた。 「行こうぜ!飯だ!」 「おう!」 夕日は立ち上がった二人の足下に長い影を作り、もうすぐ沈む。 この船には沈まぬ太陽が居る。 |
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