【蒼天】 砂漠の強い日差しの下で厚みをもった石造りの建物は熱を遮断する。 その部屋ごとに計算されて作られた窓から取り込まれる光で外気の熱を通すことなく充分部屋は明るい。その光を受けて部屋の中央に置かれた真っ白なリネンのテーブルクロスにはシミも皺もない。テーブルを飾る果実もその光を計算に入れて繊細にして華麗に装飾され、香りを持たぬ花々が目だけを楽しませるように配置されている。強い日差しは避けて爽やかな晴天の風だけを取り込むようにセッティングされた来賓の間の一つはこの国の贅沢の一つと言っていい。 昼食会を兼ねた接待の席は一見極めて優雅。柔らかい美辞麗句が飛び交う。 「ビビ様にもお美しくおなりですな。王妃様に良く似てお出でだ。」 「まぁ、ありがとうございます」 お父様は政府の高官の間にも知人はいるし私の顔を知っている者もいくらでも居るが、その一人が急に世界政府を通して訪れた。 政府の代表としてならば昼食のこれくらいのもてなしは当たり前のこと。私が席を外すわけにも行かず座ってただ如才なく微笑んでいた退屈な昼食。 窓の外は晴天。雲一つ無い紺碧の空がどこまでも広がっている。 今日の空はアラバスタの砂漠の空にしては砂があまり飛ばない綺麗な青。 雨を取り返したこの国の空は砂塵を取り込んで昔から見ていた青い空を取り戻した。 ( おれが生まれた日ももんの凄く良い天気だったんだ ! だからな、きっとこんな空だぞ ! ) あの日は今日と同じように真っ青な空を甲板で寝ころびながら見上げていた。 珍しくのんびりと。二人だけで。 揺れる船の上で、その青い空に吸い込まれていくような、そして世界に二人しかいないような、そんな感覚をいつでも色鮮やかに思い出せる。 その思い出の色の名は「青」 「このお綺麗なお顔と優雅な指であのサークロコ・・いえ今は海賊と呼び捨てましょう。クロコダイルと戦う決心をなさったとは何度伺っても驚きですな。ところで・・・・・姫が出奔されていたときに助けてくれた者というのはどんな海の強者だったんですか?」 想い出と現実がいきなりねじり上げて一緒にされた。心がどこにあっても余裕のスマイルは絶やすつもりはないわ。 そして相手を見た。あら判事様。なんて優しそうな笑顔。なのにその奥底に隠された目の光が暗い。とても暗い瞳だわ。 きた。 私の中で一瞬のうちに戦闘準備が仕上がっていく。 ランチタイムの敵は柔らかい笑顔の最高級の海の判事様。正式な招待をしたテーブルの上はお父様が主役ではあるけれど社交的な戦場。 ルフィさん達はその身で敵と戦った。 だから私だっていつでもこの身で戦う。 「小さな船の乗組員達でした。敵の組織に乗り込んだ私をこの国に連れてきてくれたのです」 大きな嘘をつくためには小さな真実を並べるの。 「それは勇敢な・・。ではその船の名は?」 「彼らは教えてくれなかったんです。残念ですわ、お父様からも感謝をしたいといわれても会わせることすら出来なかったんですから」 「私もビビを助けてくれた人達には国を挙げての感謝を示したかったのですが、何も受け取らずに行ってしまわれた、奥ゆかしい人々なのです」 お父様は深い憂いを秘めた顔がこれで居て結構巧い。それを見過ぎると吹き出してしまいそうになるから私も目を伏せる。 対する判事さんは信じられないという顔を作って頭を振った 「はて?国を救う協力をしているのに表に出られないとは、彼らには何か理由がおありなのでしょうか?」 あの一件の賞金の上昇が全てを物語っているというのに。ご存じなことを確認して何が嬉しいのか判らない。何処に罠をおいているかも判らない。だからこそお父様は堂々と。私はあでやかに装い、微笑みを絶やさずに、話の流れにだけ神経を研ぎ澄ます。 これはお母様とナミさんに貰ったとっておきの技。私も海賊王女の名にかけて恥ずかしい戦いはしないわ。 攻防は動かない緊張を打ち破ろうと双方がその先に進もうとしたその一瞬。 いきなり大きな駆け込んでくる音に続いてドアの向こうでなにやらもめる音がした。 それに気付いた一瞬にばたんと開いて一人が転げるように駆け込んできた。 「判事!賞金首の報告です。麦藁のルフィに3億が出ました!」 「なんだと!!?」 叫びそうになった。 息をのんでそのまま止まってしまう。 呼吸を忘れてしまわないように自分を取り戻さないと。 「エニエスロビーでガープもクザンもやられたそうです。この席への報告は迷いましたが、いかにも緊急でしたので・・・・」 「なんと・・あのエニエスロビーが落ちたのか?何故だ?そしてあの二人ともがやられたというのか?」 駆け込んできたのは鍛えられた海兵であったろうが、真っ青な顔のままその報告はこの場にいた全ての人間・・つまり私とお父様にも良く聞こえた。 やったわね。 小躍りしたい。 私の海賊はこんなにも凄いのよ。 何をしたの?太陽を射抜いたの?星を食べちゃったの? それとも仲間のため?彼らかしら?新しい仲間かしら? 貴方ならどんな神様も大悪魔も仲間にしてしまうでしょう。 ああ窓の外は突き抜けるような晴天。私の居るここから貴方の所にまで青い空がどこまでも広がっている。 この空を駆けて貴方にとても会いたい今すぐにでも! 「判事殿?顔の色がお悪いが?」 お父様がごほんと咳払いをした。 「あーー次にはうちのコック自慢のデザートが出る予定ですが・・。」 「判事様?お医者を呼びましょうか?それともお急ぎならば船でお送りしますわ。しかしその海賊さんは凄い賞金の額ですね。一体どうしてそんなことに?」 二人で一気に攻撃に転じた。エニエスロビーは世界政府の司法の砦のはず。 海兵は迷い顔を判事に向けた。見返した判事も同じ答えを待っている。躊躇いがちに、しかし早口で海兵は告げる。 「エニエスロビーに逮捕したニコ・ロビンを取り返しに来て、CP9もバスターコールも防げなかったそうです」 「・・・ニコ・ロビン?」 バロックワークスの生き残りの? 薄暗い水底の部屋の中、黒い髪に切れ長の瞳と蒼白い肌が浮かぶ。 私の横でお父様は自分の肩に手を添えた。あの女に刺された傷がまだ痛むのだろうか? 私の中では傷よりも記憶が勝る。彼女の顔が揺らいで映ってる。 あの時にはあれほど憎いという思いを持ったことはないと思っていた。 揺らいで映るあの顔は今もはっきり私の脳裏に浮かぶ。 強い瞳と裏腹の、縁取る生きていないような蒼白な肌の色。 ああそうだ、あの色は、生者の色ではなかった。 生きていても生きていない、そう言う蒼白な色だった。 ルフィさんが彼女を父と一緒に救ったと聞いた。 ルフィさんには青空が似合う。 私の中で彼女の蒼白が青へ塗り替えられていく。 窓の外に広がる青い空へ。 青い空。ここは必ず貴方につながってる。 真っ青に澄んだ空。 海の上でも砂漠のここでもきっとつながってる同じ青い空。 誰もが貴方に会えば染まるだろう。 その姿もその心も変わるに違いない。 貴方が私の心の色もこの国の色も晴らしてくれた。 そしてその青はもっと遠い世界へも続いていく。 あたふたと言いつくろいながら立ち去る判事の姿をにっこりと最上クラスの優雅な笑みで見送って、一人時計塔に登ってそこからもう一度空を見上げた。 まだこの空を駆けてはいけない。でも私はつながっている事は良く判る。 うん。あなたのやることならば、天がひっくり返っても私は貴方を信じられる。 地の底が空に現れても、宇宙に人が住んでいても、私は貴方を信じられる。 貴方は貴方だから。 どこに行ってても。何をしていても。全てを貴方の色に染め変えて真っ直ぐゆくのでしょう。 貴方は私の、そしてこの世の青空。 end エニエスロビーの後のビビちゃんの反応を見て捏造。 色違いはご寛恕を。 長年志紀さんの文の影響下にいますので私にとって五月の青空はルフィの色なんですよ。 |