一番重いのが彼です。





いえ、本当に重いのは人間形態になった船医さんかもしれません。
それでも私にはそう感じられたのです。


それは……彼が砲台室にきちんと片付けていた500kgの錘のせいかもしれません。

     毎晩の様に振っていました。

私の1tを軽く超えるアンカーを彼が片手で玩具のように扱えたせいかもしれません。

     「ゾローー!碇ーー!」
     「わあった!」
     このかけ声は私の上に心地よく響くのです。

砂浜に乗り上げた私をあっさりと片手で海に帰してくれたせいかもしれません。

     「何でここからもう引っかかるんだ?」
     「死ぬほど浅瀬なのよ!砂が綺麗すぎて気付かなかった!ってー事でゾロ!!」
     「押せば良いんだな?」 
     「そう!」


その膂力があればこそ私の身体ごと軽やかに運ばれて、
まるで私が華奢で優雅な貴婦人のように感じていました。




そのくせ、甲板で動き始めると大型肉食獣のように足音も立てないで移動します。
着地しているのかを疑うくらいの軽さで移動する修行も欠かしたことがありませんでした。
寝ているときには赤ん坊のようにずっしり重く、覚醒すると軽やかに動きます。


重さに軽さが同居する不思議な人でした。






今、私の上にいた様々な重みが除かれてゆきます。
私物は最初におりました。蜜柑の木々も消えてゆきました。
高く掲げた海賊旗も、帆に描かれた麦わらも、皆居なくなりました。






彼は下船するクルー達の最後尾で忘れ物を確認するために振り向きました。
そのまま何を見るでなく、
私の全てに向かって、
彼は静かに頭を垂れました。

稽古の終わりに少年達が道場に向かってする礼のような清々しさで一度だけ、深く。









残されたその軽さが切なくて、ただの駄々っ子のように泣きそうです。












Backboard illustrated COMMON SUN
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