キッチン |
私の中で一番綺麗なところ。 それはキッチンでした。 作ることと同じ情熱で磨き上げられたキッチンのタイルも、換気扇もいつも光ってました。 スープ一つ取るのにも無駄を許さず、しかも純度を上げるために彼は昼も、雨の日も晴れの日も主にキッチンで過ごす時間が多い人でした。 着席と同時に大騒ぎの中一瞬に平らげられるその満足の為の時間を一切惜しまない男でした。 『一番旨い料理を出してんだ、台無しにするな!』 仕上げの時間を見ながら最期の火を入れて皆を呼ぶ。できたてに故意に遅れた者には容赦しませんでしたが、遅れてしまった者にはさっと次の違うメニューを作って食べ時にして出す優しい魔法の手の持ち主でした。 一人一人にあわせて微妙に変わる調理法、スパイス。全ての人が満足する料理をいつも実践しているのが彼でした。 『ちわっ今後よろしくな。』 あれはココヤシ村でした。 彼は最初にキッチンに向かって挨拶をして、それから荷ほどきをしていました。 包丁セットや鍋釜フライパンとどれも使い込まれたピカピカが並べられては収納されていく。私の重みが増すと同時に彼の笑顔が広がります。 満足そうに収納位置を決めた最後に、一杯のコーヒー用のマメをゴリゴリと挽き初めてあっという間に沸かしたお湯に注ぎ込んでその一杯を煎れました。添えられたのは小さな焼き菓子が二つばかり。どうするのだろうと見ていると、彼はそっとソーサーごとテーブルに置きました。 まだ誰も座っていないテーブルです。 外で騒いでいる男達を呼ぶにしても一つとは? 取り合いになりませんか? そうして彼は自分のタバコに火を点けるとキッチンの中を見渡して言いました。 『俺の挨拶代わりです。お前さんも海のレディーだからなぁ、メリー。』 味は私にはわかりません。薫りも、彼の料理を味わう事は出来ません。 それでも彼の微笑みと、美味く出来たときの踊り出さんばかりの仕草、私の中を通っていく彼の周りを取り囲む空気のおいしさに私も酔わせて貰いました。 それを食べている全員の顔にも。 |
Backboard illustrated COMMON SUN
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