「もう当分起きてこないわよね。」 息はもう切れていた。気力も限界。手に残った最後の一本に,それを離せば倒れてしまうかのようにしがみついて立っていた。そおっと近づいて覗いてみてもウニ女は動かない。薄目が開いて白目をむいているのが判った。一応胸は呼吸に合わせて動いてる。 OK。 勝ったんだ。 改めて右手を高く掲げた。 残った棍を腿に片付ける。飛ばしてしまった二本は絡んだまま取れそうにない。大丈夫とは思うけど下手に刺激して起きられても厄介なので、そおっと棍だけを外した。そのまま後ずさりして離れる。 鳥は持ってって良いわ。あいつと合流したらトルネード無しでもなんとかなる。またウソップにただで作らせるし。でも棒は持って行かれてもあたし以外にはただの飾りに過ぎないんだし、あたしはこれでウソップの奴にきっちり片をつけないとならないんだから。 怪我は、、足と肩か。幸い大きい血管には当たらなかったみたい。見ればもう血も止まっている。 左足に体重をかければずきんと言う音がしている。 「両方やられなかったって言うのは運が良いわ。」 勝利の高揚感か、痛みの信号は感じるのに麻薬に酔った様に痛みとして感じない。恐る恐る触ってみると穴が開いてるし中の肉は見えてるけど。 立てる。歩ける。 これは良い事だ。 「さって・・・と急がないとっ。ビビはどうしたかしら。」 王都というだけあって広い街だ。ナミは空を仰ぎ北東から東の方角を臨んだ。 砂を運ぶ風が足元をさらって行く。 砂漠のそれよりは優しくともやはり同種の風が吹く。 雨を運ぶ風では無く奪う風が。 乾いたその風にのって城と南門を結ぶ方角から唸るような声が聞こえている。まだ遠いその音は大人数のぶつかりあいに拠るものだろう。彼女は反乱軍を止めるにはいたらなかったのか。それも仕方ない。だがせめてその身は無事なのか。 ナミは頭を振った。 風に問うても仕方がない。 「信じる。」 それしか出来ない。 額に押し付けるように両手を握り力をこめた。でも目は閉じない。あたしも彼女もまだ戦っているんだから。 ナミはもう一度顔をきっと上げた。 「でもその前に!あんのバカ拾いに行かないと!絶対また迷子になって訳わかんないとこへ行っちゃうし。」 さっきゾロを置いて行った方向に耳を澄ませても近くで音はしない。向こうも終わったのだろうか?また身体にでかい勲章を増やして喜んでいる馬鹿じゃないだろうか?一人を完全に押し付けてこれで勝てなかったなんて言ったら承知しないわよ。 (かと言って今ごろまだ戦(や)ってたら先に行かせて貰っちゃお) 決意まで一瞬。即断即決は女の心意気。 痛むはずの足を無視してナミは走り出した。握りこぶしをぎゅっと硬くして。全速力で。 さっきの表通りまで。 風を感じた。 建物の間を摺り抜けて行く風が俺の頭の上から顔にかけて砂塵を運んでくる。耳元には歪んだ音で伝えられる唸りのような人々の声と地べたに付いている顔に足音が伝わる。 己の心臓の音と呼吸の音がする。 鉄は斬れた。俺は生きてる。そしてまだまだここは戦場だ。 「ちっ。寝てりゃ治るが・・そう言うわけにもいかねぇか。」 前のめりに動かなかった男の身体がかすかに動いた。 倒れる直前まで意識は有ったのだが、それからどれくらい時間は経ったのか? まだ意識が遠のきそうな感じがする。 寝たはずなのに視界が少し揺らぐ。軽い吐き気と視界がはっきりせずぼやけている。 己一人の呼吸しか感じられない今、先ほどの高揚感も宙に浮いたように現実味がない。 また視界がボヤケてきた。くっそ・・・。 現実感が消えそうになった時に、身体の奥底から一気に競りあがってきた光景と感情があった。 約束が一つ。 城が見える前の最後の峪で。 「ナミさんはおまえが・・・。」 「ナミを任せたぞ。」 「よろしくね。Mrブシドー。」 軽く交わされる旅立ちに向けた餞の言葉が俺を縛っている。 いつの間にこんなに枷が増えたのか・・・。額を地面にくっつけたまま苦笑した。苦笑して全身が震えていた。 故郷を出て以来、一人で戦っている時は全く感じなかった。 高揚感と自身への納得。それだけで未来へ希望を持っているガキだったのに。 これは 心地の良すぎる枷だ。 俺が他人を助けようと思ったら目的だけを見ていけばいい。必要なら自分自身は切り落とせる。 そう思っていたが、この枷はそれだけでは許さない。 いつでも断ち切れると判っているこの枷の甘さに今は酔っている。 だからといって身体が萎縮したりするわけじゃない。 俺が進むのは前へ向かう一本道だそれだけは絶対変わりやしねぇ。 ただ知ってしまった。もう元には戻れない。戻らない。戻る必要もない。 そうやって強くなった気がする。 強さがこんなに矛盾したまま自分の中に残るとは思わなかった。その矛盾の上に立っているのに、なんて自然に立てるんだろう。 耳元で囁く女の吐息を感じたように思ったが即座に消えた感覚は一連を否定した。。 (いかん・・血の足りねぇ頭じゃ考えらんねぇ。) 考えるよりも・・・。 「うっし。」 俺は立てる。立ってみせる。 とりあえず起きてみる。色々考えるよりも思ったまま動く方が楽だ。答えなど考えていてどうなると言うんだ。答えは付いてくる。俺の行動に後から。それのどこが悪い。 心意気一発。当然だが座れる。 刀は一本が手元にある。 「さてっと・・・」 空を仰いだ。 もう一人の女はあいつを追っていった。いくら逃げ足の速いナミでも逃げ切るかは怪しい。小細工は弄して時間くらいは稼いでいるだろうが・・・。 傷の一つや二つで約束を破ったとあっては面目が立たない。 頭を振った。 刀の支えなんぞいらねぇ。 俺は独力で立つ。 立っていつもの視点に戻ると改めて自分を見た。また胸の傷が増えている。鉄を切った代償なら悪くはねェ。 体の何処かがビリビリした感覚が抜けないままだ。引きずられるような興奮も収まらない。 そのまま探しに走り出す。ナミが居る・・その僅かな感覚を求めて。 「手間ァ掛けさせやがってあの女・・・。」 「声掛ける間もなく行っちゃった。・・迷子にならなきゃいいけど。」 建物の影から聞こえた溜息を含んだ声は少々浮かれた響きがあった。 今だけはアイツは迷子にならない。根拠はないけど確信はあった。 声の主は今来たばかりの道を戻っていった。と言っても建物の裏通り。ほんの一ブロック移動しただけなのだが。 ナミの気配があるような気がした。 「一体・・・?」 人気はないが、そこは壁が人型に抜けて壊れたばかりの塵芥が舞っていた。 「ナミ!どこだ!」 呼ばわった途端。 「ここ。」 瓦礫の向こうから声がした。 瓦礫の石に腰掛けて笑ってるナミがいた。膝を組んで、上に乗った左足をぶらぶらさせている。 「おう!何だそこにいたのか。あの女は?」 「来たわよ。」 「今どこだ?」 刀に手をやり構えて周囲を見回した。 ナミは満面の笑みを浮かべ誇らしげに親指をぐっと差し出し、くるっと回して高々と下に向けた。 「やったわよ。あっちの通りで寝てる。」 「・・・」 壊れた壁の向こうを指差した。 「勝ったのか?」 「当たり前じゃない。」 どういう顔をしていいのか判らなかった。 まさか・・とは思っていた。 痩せても枯れてもあのおっさんの連れだ。ナミごときの腕で勝てるはずはないと思っていた。 だからといってさっきの戦闘中にずっとナミを助けないと、と思っていたかと聞かれれば正直忘れていた。 できることをできる奴がやる。ナミなら一人で逃げれるだろう。それでいいじゃねぇか。俺が面倒を見れるようになったら相手をすれば良い。自分はそう思っている。男が守ってやるとかじゃなく。 だが・・いくら気概があってもナミに敵が倒せたと言うのはまったくの予想外だ。 「・・・お前を嘗めてたかもな。」 「?」 「なんでもねぇ。」 「これであんたにまた貸しが増えたわよ。」 「・・・は?」 「あんたねぇ。俺に任せとけっていったくせに!おかげでこれよ?」 得意顔だったナミは左足を掲げた。靴の裏は穴があいていた。中から薄桃色した肉と凝った血液が見え、その間から向こうが見える。相変わらずがめつく嫌だ嫌だと言いながら人のためにはいくらでも怪我をする女だ。 「これじゃ歩けない。抱っこしてって。」 「・・・は??」 一旦思考が停止した。 甘えるのも大概にしやがれ。 「・・・・あほう。大体お前を抱えたら傷口に塩でも塗りこまれそうだ。」 「塗りこむんなら辛子とかの方がいいわよね。」 「遠慮しとくぜ。」 「・・・じゃぁ・・・おんぶ。」 「はぁ?」 「だって、あんたの背中に傷はないでしょう?」 背中。 確信的な微笑みがそこにあった。 確かに俺の信念だ。だが、いくら寝物語でもこいつにそんな事を話した記憶はねぇ。だと言うのに。 参った。 人の弱みを巧く見つける女だ。 この一言だけでこいつに勝てねぇ気がする。 口元が喜びを表しそうで思わず口を押さえた。 どうあってもこっちの負けらしい。 勝負事で負けるのは死ぬより悔しいはずだがなんだか悔しくない。 「何チョッパーみたいな喜び方してんのよ?」 「もういい、黙ってろ」 「なに変な顔してんのよ。あんたが面倒見るはずの敵まであたしが倒したんだからおんぶくらいして貰わないと合わないわ。」 ぴく。ちょっと待て。 「てめぇは全部算盤勘定すんのかよ!」 「あら?当たり前じゃない。」 「一人で歩けるだろうがよ。だいたいそこに座ってるってこたぁ・・・。歩けねぇとは言わせねェぞ!」 さっきまでの浮かれたような想いは間違いだ、多分。 「あ・る・け・な・い。」 「ぐっ・・・。」 仕方ない。 そのまま黙って背中を見せると直ぐ乗ってくると思ったナミはゆっくりとした動作で全身を預けた。 一気に立ち上がる。 「おい、どっちだ?」 「反対よ!」 ナミの声は浮かれてる。 そのまま走り出す。
今度は俺達が風になる。 |