【薔薇月】  (ゾロナミ)


注)
18R  
ナミの相手がゾロじゃないと絶対ダメな方は不快になる可能性有り 



空島の切り出した木陰のベンチで今、私の背中で見知らぬ男が息を弾ませている。
律動的な重さが後ろから身体を刺激し続ける。

目の前に浮かぶのは薔薇色の月。大気の濃厚な桃色を映した薔薇色の月。理性ではなく狂気に似た欲に突き動かされてここにいる。




「薔薇色月?」
「恋のシーズンだよ」
本来月が赤く見えるのは大気中の塵のせい。だからこそ普通の大気なら中空の赤い月など見えるはずはない。空気の薄い空島ならなおのこと。だがその月の数夜、ある樹木の花粉が一斉に空に放たれ大気を染めあげる。その前後は素朴な空島ウェザリアも年一度のお祭りになって誰もが仕事の手を休めて祝うと教えてもらった。
この島でやや大きく見える中空の薔薇色の月、想像するに美しいとわくわくしたアタシにそれを教えた若者は鼻息を荒くしながら だからオレと一緒に・・と手を伸ばしかけたのでさりげなく持っていた読みかけの論文のページを反対の手でめくった。




恋の季節というのは本当だった。
祭りの興奮はよくわかる。だが暦よりは植物の生命周期に開催を決められる祭りは、より生物の本能に訴えるのだろうか?島の至る所で待ちこがれる思いが寄り積み重なる。耐えに耐え、爆発を秘めた雰囲気は各の期待に日々積み重なり、少し薄付いてきた大気に日頃木訥で温厚な島が指数関数的に活気を帯びる。日が予感されれば男女が寄り添うように共に行動を始める。老いも若きも微笑んでいる。ここまでは微笑ましかったが町の至る所で配られた避妊具にも微笑んで手を伸ばす様に目をむいた。
「ナミは相手は当日任せかい?それもかまわんが。」
「ナッちゃんなら選び放題よ。」
日頃お世話になっている皆が口々に聞いてくる。
「興味ないわ。」
行きつけのバルでもマスターが奥さんと笑っていた。
ただ地上に帰りたい自分にとっては所詮他人事。いつもの店で最初にそれを聞かされたときにはさすがの開け透けっぷりに叫んでしまったが笑ってやり過ごす余裕くらいは持っている。

「適齢期前の子供は眠ってしまうっていうんでしょ?なら関係ない私も寝て過ごすわ。」
「そうとも言ってはおられんよ、この天候の島で、誰も月には勝てん。勝とうとも思わんよ」
マスターの善意からの忠告なのだろうが今の複雑な自分の心理の説明など面倒になってただごちそうさまと席を立つ。心配そうな視線には手を横に振るだけの返事をする。
「真の恋に会える者もいるんだ」
「あなたにも月のご加護がありますよ」
二人の声に送られて店をのドアを後ろ手に閉めた。




恋人の月・・・・

ここに来て、それなりに時間が経っている。なのにまだ船に帰るめどが立たない。新聞であのニュースもみた。だのにその後の行く先は杳として知れず、他の連中にいたっては居場所どころか生死も梨のつぶて。今は仲間のことを思うのも辛くなってしまった。
島にきた当初はまだ彼らに会うことが心の支えになっていた。思い出しては、日々のことを、己の辛さを心の中で皆に報告をしていた。だからこそ彼らに会うために新しい知識に夢中になった。
でもまだ会えない。見通しが全く立たない。もう会えないかもしれない。

見通しの立たない日々に胸に溢れる想いは辛くなった。
重く澱んだ。

ただ時を経る事に重くなり辛さが増し、仲間の事もさりとてそれ以上の事、たとえばあの男の事などは考えたくもない。寂しくて寂しすぎて、寂寥が溢れてしまえば今の自分に戻す自信もない。そんな自分の心を保つには・・・・私は記憶も希望も仲間を思い出させる縁も皆止めて封じてしまった。心を堅く、堅く戒めた。


話したいのに、笑いあいたいのに、瞳を見つめたいのに。

いない。
ここにいない。

会いたいのに、触れたいのに、抱き合いたいのに。

もう面影もおぼろ。
会えない時間はいやな想いばかりを増幅させる。
 

だから封印した。
涙と心を身体を全部。






だが私の想像よりも常識よりもこの月の魔力は恐ろしいものだった。






大気が薔薇色の色をまとい始めたとき、脳内に、体の奥にふわふわとうずき始めるものがあった。
「時がきた!」
祭りを告げる鐘の音が島中に響く。厳かに、高らかに。空の中、四方に音は広がる。かつて知る空に響いた鐘の音ほどではなくとも喜びを伴い人々が詠う。
そして一斉に薔薇色の月の光が島を覆った。月の光を受けた大気の流れで光が揺らぐようにも見える。その向こうに見える世界もゆらゆら揺らいで蜃気楼のよう。
揺らぎは不安定を生む。
不安定は心を揺らす。
そして身体も。

目の奥が、嗅覚が、皮膚が、五感すべてが私の心と理性を裏切る。体は熱く火照り不要な衝動に手をさしのべて飲み込まれそうになる。目からも鼻からも喉からもその薔薇色に侵略され飲み込まれてゆく。どうりで恋人達の季節のはずだ、これでは大気の中の花粉が、それを通した月の光が、そろってどちらもまるで媚薬ではないか。

その気の全くない自分でさえも呼吸が乱れている。着衣もうっとうしいくらい。せめて新鮮な空気を呼吸したくてふらりと真横においていた薄ものをまとって外を歩けばなお大気は濃く呼吸が荒くなる。せめて人目があれば狂態を晒すまいとなけなしの判断したのに街路は場所も問わず男女が絡み、交合し始めていた。

「ちょっと勘弁してよ・・・・」

情けなさに泣きそうにもなる。月を見まいと額に手を当て目を閉じても肉が、身体の奥底がその気のない私を裏切り続ける。
ふらふらあてもなく歩のも疲れ、座り込んだ自分の前に見知らぬ男がいて、気づけば伸ばされた手に抵抗できなかった。心は相手を受け入れたつもりはない。月の光に顔もよく見えない。だが体が思うようにならない。
大きな手が上着の隙間から胸を揉みしだく。絡み付かれて吸われて下が一気に濡れて溢れ出す。もう止められない。着衣を脱ぐ間も惜しむように性急に背後から男を受け入れていた。


焦るように腰を振る。体の中から突き上げる衝動で身をくねらせる。
欲しい。
ただ欲しい。
なにをではないし、この男をと思うわけでもない。ただ欲ばかりが膨れ上がり、満たされたくて背後の大きな男の手に触れて欲しい胸や肌を導く。腰に何度も突き上げられ押し当てられた逸物を絞り上げるように併せて動き腰をひねる。欲望が目の前の薔薇色の月に重なって体が侵略されているみたいだ。



なのに満たされない。



狂おしいくらいに男の身体を使って自分の欲を満たそうと動くのに、動いても動いても満たされない。
触れる手も背後に掛かる重みも皆不協和音ばかりを奏でる。経験が少ないわけでなし自分の身体の中のことはそれなり知っているのに、いつもならこれだけの欲があれば入れられる前から上り詰めるのに、触れられただけでもかるくいける位なのに、それが全く満たされない。そこじゃない、その強さじゃない、もっと・・言葉にならずに身体がばかりを動かしても余計に欲が募る。これはこの月の魔力なのか?心のない今の私には欲ばかりが強すぎてただの拷問のようだ。


動いて動いて体の表面は熱を帯びてものすごく熱い。それなのに、そして自分の肉欲なのに全くコントロールできない。その欲も激しいものではあるが決して熱いものではない。
まるで身体の芯に、永久に溶けない氷柱を抱いているかのよう。冷え冷えとして私を動かす熱も動いてできる熱もすべてを飲み込んでも微動だにしない凍土でできているかのよう。



モラルに熱いつもりはない。なのに切なくて情けなくて涙が浮かびそうになる。狂気を喰う覚悟で受け入れた自分で自分がコントロールできなくて心底腹立たしくなる。たかが身体の欲のこと。自慰行為とレベルが変わらないのに快感が得られない。イライラする。気が狂いそうにも思えて情けない。

なおも男は突いてくる。もうやめようかとも思った。
なのにやめられないのだ。自分もどこか狂っている。
例えばこのまま月が沈むまで、月の光の支配が終わるまで男が勝手に果てても私はこの欲望から逃れられないのではないだろうか?
相手が悪かったのか?男を変えればよいのか?だが選んだわけじゃない、月に逆らえなかっただけ。男を変えても同じかもしれない。



彼以外は。
ああ。


彼ならば。




(・・・・・・・・・・・・)




心の底の隙間から漏れるように浮かんだのは名前のイメージだけだった。
だって深くに封じてあったから。
それは心の一番深いところに。
一番大切だからこそ仲間の中でも一番深く、むりやり絶対に思い出せないくらい深いところにしまい込んでいた名前。

一番愛おしくも一番腹立たしい。



(・・・・・・・・・・・・・ゾロ・・・・)







途端。
身体の奥底から沸き上がる物があった。
どくん・・と音が聞こえたように思えた。
私の背の肌の上に鮮やかに思い出される。汗を含んだ肌の質感とその肌の下の筋肉の重さが肌に張り付く。張り付いた至る処で私の肌に快感を呼び起こすそれ。
しっとり張り付き重い肉感なのに私の上では動きは滑らかで疲れを知らない筋肉の張りが伝わる。自分の肌に吸い付くような触覚。全てが包まれていくような快感。そうだ、女の肌は男のすべてを覚えている。子宮よりも膣の中よりもその肌の上に覚えている。その肌の記憶はより鮮やかに私の体内の封を溶かす。

氷が溶けて溢れた。

溶かした勢いは体内でぐるんとうねり、うねった熱が一気に身体の底にじわりと溜め込まれて熱く蕩けてゆく。じわりと脊髄を昇り行く快感とその脇を稲妻のように走り抜ける電撃のような衝撃が合わさって身体の一番底から眼の裏に、そして四肢に放たれる。それで終わりではなくまたより胎内の奥に戻り四肢の末端までが心地よすぎる緊張を思い出す。それが何度も繰り返されてゆく。
有り得ないはずのリアルな記憶が身体の中に沸き上がり、感覚全てが置き替わる。背後にある体温と汗と息使いも蘇る。
外の世界こそが凍り付き閉ざされる。そこにいるはずの男の存在は希薄になり、私の中の感覚が全ての感覚に置き換えられて快感の嵐に翻弄される。

目を閉じれば私の中に隠れていた彼に導かれて私の体の中で奥から爆発が起こる。律動が爆発とともに膨れ上がって収束する。身体の軸が搾り取るように締めあげて、私自身は奥底から空の大気中に解放される。薔薇色の空の先へ。








終わったらしい男が避妊具を外しながらなにやら言ってきて更に触れようとしたのが面倒で手をはらった。なにやら言っている言葉も私の中には届かない。現実よりも甦った感覚が私を満たしそれ以外はもう何も要らない。それでもしつこくうるさくかったので身につけていたクリマタクトを一振りで小さな落雷を出した。放電は周囲の花粉も巻き込んで酔いも醒めたのか男は慌てて身を放した。


目の前には大きな赤い月。大気に晒した私の素肌も赤く染まる。
だがいくら見ていても体の中に広がる記憶の渦でいっぱいになりこれ以上他を求めて煽られることはなくなった。


だが月は私の中の封を開けてしまった。
もう戻れない。
ただただ会いたい欲が募る。
一番深い欲を引きずり出されてしまった。月のせいにしても花粉のせいにしても何という業の深さか。真の恋などという可愛らしいものではない。恋よりはただの我欲のようで。それでも、それなのに諦めきらない。
そんな自分の唇に浮かぶのは冷めた笑みだけ。

「月には勝てないよ」
マスターの言葉が蘇る。

勝敗などどうでも良い。
何があっても下に降りることを、私の心は今この月の下で決めてしまった。


end

小説ページへ  //  とっぷへ