【楔】 (ナミ) |
海賊王になりたいというゴム人間と万年寝太郎の迷子と。正体がわかってしまえば何のことはないただの男達とこの数年のうちの常には思えぬ時間を過ごしている。 あんな男なんてどこにでも居ると思うのに。知ってるはずなのに気がつけば私が笑ってる。 だって、あまりにアイツら馬鹿なんだもん。笑ってやらないとどうしようもないじゃない。 宝を手にしてもあっさりとその半分を他人にくれてやったり。ただの他人の夢を追ってやったり。仲間と見込んだからってそいつの敵と死にそうになりながら戦うなんて。ましてやこの私が特にもならない怪我までして参戦してるなんて有り得ない。 だから私はわざとアイツら馬鹿だしと笑った。 そうじゃないと心から笑ってしまいそうだった。私が笑うことに何かの意味を与えないと今までの私が保てないと感じてた。 「なんだ?ウソップもルフィも潰れたのか?」 「なんやかんや言ってもこいつらガキよねーー。こんな軽い酒ばっかで潰れるなんて!お陰で貰ったお酒をこっちが充分堪能できるってモンだけど! けどさっすがお嬢様! 保存用には良い酒積んでくれてるわよ!あんたもこっちの良い奴少しやる?」 「おう」 今までの航海は船が小さすぎて水と食料が限界、趣味レベルの酒まで積めなかった。そうじゃなくてもこいつらお金持ってなかったし。 かなり飲めるらしいゾロは飲み仲間としては良かった。こちらに関わらず勝手に自分で良い感じにご機嫌になって、私に詮索もしない。ただ一気に小さめのグラスを空けて、良い顔で頭を振ってる。 「うめー!辛ぇ!」 「でしょーー!?この辛みと奥の深さが判るなんてあんた中々やるじゃない」 お世辞抜きで酒は美味しかったし、酒の旨さが判る奴は嬉しかった。 その共感に心の箍が少しだけ、ほんの少しだけ、私が警戒心を抱かない程度に弛められてしまったらしい。 共感は心に緩みを作る。 しかもアルコールは本人の知らぬ間に緩みを見つける。 一番の問題は私が彼に、そして彼らに緊張しなくなったと言うことだった。気を張らない旨い酒。緩んでしまうにはこれ以上の物はない。 「本当に旨ぇ」 「よねーー!」 乾杯のつもりか手を挙げながらふと相手の顔が間近にあった。アレ?と思うと視線で全身が固まっていた。言葉も忘れてただ見合ってしまう。相手の瞳ばかりが大きく見える。紅潮して見合った瞬間、瞳と瞳の間にあったはずの垣根は消えていた。 相手の中が奥まで見える気がする。同時に相手に内奥まで見られている事も判てった。その頃には隠すよりは相手への興味が勝っていた。見られている事が恐怖どころか興奮を呼ぶ。更に相手の中をもっと見たくて知りたくて、共感が取っ払った垣根は視線だけじゃなく気がつけば肉体に及んでいた。 ゾロの唇が自分に重ねられて。 それが快感すぎて自分が欲しかった物だと始めて気がついた。 柔らかく私を浸食しむさぼって私の欲をなぞってゆく。もっともっとという声ばかりが自分の耳に聞こえる。酒が理性を緩ませたと意識が気付いたときには遅すぎた。 唇の間から舌が割り込まれた快感に自分の唇が相手をむさぼっていた。 相手の唾液はもう潤滑油にしか感じられない。自分の唇が変質するその柔らかな快感を。絡め取られた舌が押して押されて受ける快感を。これ以上は危険だと身体の一部で発せられた信号が遠くに見える。見えるのにまるで他人事だ。彼の口腔から受ける快感に押しつぶされてその危険信号はあえなく現実の感覚の末端に押しやられてゆく。常に居る冷静な自分がこの時ばかりは何処に行ったのだろう?全く気配も感じられない。 いつしか彼の唇が口腔から離れて自分の首筋を舐め、圧し、吸い付いているのを心地よすぎる快感と感じている。 1ヶ所・・おそらくは窪みとなった正中の首の辺りを強く吸われることに恐ろしい程の快感がこぼれ始めた。 その快感は私の胸にある両の突起のその先端まで甘く溶かしていた。そしてそこからつながる深い中心の泉へも。 「・・・ゾ・・・・ロ・・・」 甘くほんのささやかに零れてしまった声。 だが零れた声にそれまであくまで流動的で動的だった二人の動きがホンの一瞬止まった。 ホンの一瞬。 けれど二人を醒ますには充分な刹那の楔だった。 風の音と波の音、そしてそれを圧するような若い二人のいびきが私達の耳に届いてしまった。 声を出したのは私の方。 驚いているのは二人とも。 でも私の片腕が軽く自分の襟元を抑えていた。 「あ・・ルフィ、起きちゃうんじゃない?」 ゾロは何も言わなかった。ただ彼がまだ私に触れていた部分をぎゅっと押したので私はそこから手を引いた。ホンの数mm。薄いベールのように薄い距離を。 「・・・・・ウソップも寝相悪いみてぇだな。」 ゾロが溜息と共に答えた。 垣根が戻った。 全身が別離を悲鳴のように感じていたのでそっとそれらを押し込んで封印することにした。そうじゃないとこいつらとの別れが辛くなる。 戻った理性に舌打ちする自分と叱咤する自分の隙間で、埋められないなにかが生じていたのはこの頃からだ。 end メリーの初航海あたりで |