天敵 (サンジとゾロ) |
「おまえなぁ、あん時、このままお前が死んだらナミさんが泣くって思わなかったのか?」 「・・・・・・あ?・・・ああ、そうか?けど考えたこともなかった」 素直というか朴訥たる平和な台詞の意を理解するのに数呼吸。理解してからの間がやたら長ぇ。そのくせ口にすればしれっと言い放ちやがったんで久しぶりに絶対の本気の蹴り、が奴の顎に決まったのに全然楽しくなかった。 それはある熱い午後の会話。 スリラーバークの悪夢は朝日と共に終わった。 一番傷ついた奴はまさに寝る、寝る、寝る、寝る、寝る、寝る、それでようやっと喰うの繰り返し。誰もがその深い傷を感じていて、クルーの一部は知っているから、一部は判っているから、一部はただ何も言えずに事実の核心には触れなかった。 「チョッパー?今日は?」 「消化器関係は治ってきたみたいだからそろそろ普通でもいいよ。タンパク質多めミネラル多め。で量が要るかな?」 サンジは病人はおろか怪我人の食事も医師との連携を欠かさない。病人ならば病人の、必要な食事を必要なだけ。怪我人なら治癒過程に合わせて。食べることに関してだけは一切の妥協がない。当然あれだけ喧嘩と小競り合いを続けるゾロにもその指示と配慮は当たり前で、今やただの怪我人にはメニューにも給仕にも心配りが黙って最大限費やされている。 ゾロはそれに対する感謝を口にも態度にも現すことはないが言われたとおりに喰う。何にも文句を告げず全ての指示を絶対に守る。今までよりもというよりあり得ないくらいサンジの言い分には素直に従っているからなにも答えないサンジにもその感謝が伝わっている。いつもならサンジの行動になにがしの文句を付けるがそれもない。まるで従順とでもいえるくらいの関係が今は続いてる。 「考えたこともねェな」 考える時間はあった。だって答えが出るまでこいつにしたら半端無い時間が経過していた。 素面だ。そして本気だ。だって・・だって常時の馬鹿面だし。 ゾロの素の表情にサンジは呆気にとられた。同時にそれがあまりの力みすらない馬鹿面であることに怒りがこみ上げる。あのナミさんを見て、お前に首ったけなことを必死に隠すナミさんを見て。ルフィに向いたベクトルもゾロ自身に向けられた全てを知ってて。あのシーンで無理矢理残された俺にどんな道化師をやれと言うのか? そのまま言葉よりも蹴りが出るまで数瞬もかからなかった。 「おーーいて」 そう言いながらもゾロの鍛え上げられた筋肉で覆われた太い首に、いい感じに決まった蹴りの衝撃はほとんど吸収された。けろっとした顔の顎の先に打たれた痣が薄く赤く跡だけが残るばかり。 それでも奴が首を軽く振る姿は珍しくはあるのでざまぁみろとくらいは思えたが、怒りと共に蹴ったこちらの息ばかりが仕舞いきらずにはぁはぁと残ってる。 睨みつけているとゾロはこっちをじっとみていた。サンジに怒るでもない。いつもになく真剣で穏やかでまっすぐな瞳。悪びれる風もなく口を開いた。 「かもな、けど」 蹴り後をポロポリ指で掻いてから脇に置いていた刀を身につける。ゾロの戦闘態勢でなくただの日常の動作だ。 「けど、あれでお前が死んでたら、あの女、本気で泣くぞ。いいのか?」 見すえた視線はまっすぐだった。サンジが嫌がる真っ直ぐすぎる馬鹿の目。これには勝てないと判っているからこそこれが嫌でいつも反発していたようなものだ。逃げられない。ぐっとこらえてしまい動けなくなる。肯定も否定も、次の自分の言葉が出てこない。一瞬の躊躇の後ぐっとサンジが引いた。 ゾロは続ける。 「ルフィが死んでも駄目、お前も駄目。だってあいつ本気で泣くだろ?けど俺ならあいつは怒る。殺しにくる勢いで本気で怒る。まぁ一緒にルフィも怒るだろうがな。けどそうやって怒れるからこの後もあいつら一緒に生きてくだろ。それにお前等がいる。そうやって揃って生きてくだろ。 だったら怒られて恨まれるのは俺でいい。」 サンジは思いきり息を吸い込んだ。煙も一緒に肺の奥深くに入る。むせかけた呼吸をきっと止めた。 こいつ確信犯だ。 最大限の惚気だ。 止めた煙が一気に咳になってサンジの喉を襲った。煙草のみにしてはただの失態、大きくごほっっと咳き込み止まらない。 「てめぇ・・・・」 ナミの喜怒哀楽など気にしないという態度のくせに本質で誰よりもそれこそ本人以上に掴んでる。だからこそこいつは考えたこともないのだ。わかりながらゲホゲホ苦しい呼吸の中でサンジは涙目でゾロを睨んだ。 ゾロはと言えばそんなサンジの変化に動じることもなくだからなんなんだ?と言いたげに首を傾げて欠伸した。しながら伸びをしてまた座り込んだ。もう気配がいつもの一眠りへとむかってる。 ああ、マジムカつく。 こんな奴に仏心なんて出すんじゃなかった。 飯の心配しすぎてちょっと気を許せばすぐこれだ。 僅かに下を向き、苦虫をかみつぶした顔でサンジは胸のポケットから新しい煙草を取り出す。咳は収まった。火をつけて一度大きく吸い込む。今度はゆっくり大きく吸い込んだ紫煙を奴の顔に向けてふうっと吐き出す。左手に吸った煙草を持ちながら、少し折れた煙草は空に向かって登る一筋の煙をゆっくりと燻らせる。 「・・だから・・オレはお前ェが大っ嫌れェだ」 吹き付けられた煙を眠そうに重くなった瞼ではじき、それを聞いたゾロの目つきは一気に鋭く細くなる。 「・・・そうかよ。だから何だ?喧嘩売るなら死ぬほどの後悔させてやるぜ」 てにした刀の鯉口はすでに切られてる。 「馬鹿には売らん」 「誰が馬鹿だ?」 「その腐ったマリモ面以外のどこにいる」 そして後はただの日常になりルフィの飯の催促と船体の損傷に怒るフランキーの一喝とサンジに向けたナミとロビンの甘い一声で事態の収束をみた。 end ・・・・・・・・・・ 気の付きすぎるサンジママ |