【Rumble Drug】 真牙さん (ゾロ) |
ゴリゴリと固い植物をすり潰す断続的な音が響いている。 メリーのメインマスト近くでは、いつもこの船の船医を預かる小さなトナカイの作業風景を垣間見ることができる。 平穏な航海が続いてるので、その空き時間を利用してあれこれ研究に勤しんでいるらしかった。 それは、自らのランブルボールの効力を上げるものであったり。 体力増強や何か目新しい効果を得ることができないかとの新開発であったり。 「えーと、この間作ったのはこの興奮剤にもなる木の実をひとつしか入れなかったけど、今日はふたつ入れてみるか。今度はこっちの効果も見てみたいしな」 最初は物珍しげにルフィが隣に張りついていたのだが、飽きたのかいつしかその場からギャラリーは消えていた。 ウソップも最近は自分の工房であれこれ新開発をしているらしく、負けていられないとの気合いは十分だ。 キッチンからはいい香りが漏れているので、もう少しすればおやつの時間だとサンジが声を掛けてくれるだろう。 みかん畑の方ではナミが手入れに勤しみ、その傍らでデッキチェアーに掛けたロビンは分厚い歴史書に視線を落としたままだ。 重々しい重りのぶつかる音がするので、後方の砲列甲板の方ではゾロがいつものトレーニングに励んでいるに違いない。 いつもの喧騒、いつもの風景。 それにふっと頬を緩ませ、チョッパーは完成した丸薬を梱包用のシートに並べ、試薬に作った液体のそれは別の機会に効果を試そうと一旦保管を思い立つ。 原液のこのまま保存するか、それとも蒸留水で希釈してすぐに使えるようにしておくべきか。 いずれにしても保存収納するための瓶を探せば、まだそこには出していなかったことを思い出す。 あまり大荷物になってしまうと仕事の効率が落ちると思ったので、機材は最低限しか用意しなかったのだ。 やれやれと思いつつ、倉庫の方へ荷物を取りに立ち上がる。 ついでにいらない機材は片づけてしまおう。 いつもの人獣型から人型に変形し、あれこれ散らかしていた機材を一気に肩へと担ぎ上げる。 マストの傍ら、甲板には完成した液体のそれと丸薬の試験用ランブルボールのみが放置された。 Rumble Drug
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「「ぎゃ〜〜〜ッ、今度はルフィが毒牙に〜〜〜〜ッッ!!!」」 「――ゴムゴムの、バズーカァァァ!!」 さしものルフィもコレには堪らない。 サンジではないが絡めていた手を速攻解き、一瞬にして溜められた反動が爆発的な力となってゾロの身体へ押し出される。 まともにバズーカを喰らった身体は吹っ飛び、ゾロは蜜柑畑の方へと放り出された。 「やべッ! ナミ、ロビン、逃げろ! ゾロの餌食になるぞ!」 ばたばたとした喧騒が続いているなと思っていたら、今度はウソップが切羽詰った声を上げてこちらに叫んでいる。 何をどうしたのかと思っていると突然蜜柑の葉が激しく鳴り、何本かの枝を犠牲に僅差でナミのすぐ脇に逞しい男の身体が上空から降って来た。 らしからぬ醜態に何事かと眉間に皺を寄せれば、緩慢な動きで顔を上げたその瞳に宿っていた色はいつもの鋭利なそれではなかった。 薄い紗幕を通したような双眸。 どこかぼんやりとしているというのに、その奥で微かな欲望が渦巻いている。 混濁した意識がそこにあるのか、目の前にいるふたりの女をはっきり認識しているかどうかは怪しかった。 「ロビン、押さえろ! 後生だから捕まえてくれ!」 「とりあえず剣士さんの動きを止めればいいのかしら? 二十輪咲き(ベインテフルール)」 瞬時にして二十対の手がゾロの身体に花開き、物憂げに動こうとした剣士はそこで拘束された。 何が起こったのか理解できていないゾロは緩慢な動きでもがいたが、そのくらいで添えられた手が緩むことはない。 目の前にやんわりと輝く淡い紫とオレンジの光があるというのに、それに触れることも近づくこともできない。 だが――自分の身体を拘束している、この淡く小さな光は何なのか。 ゾロは未だ判然としない思考と、鈍くもどかしい身体にじれていた。 「あ・・・あー、びっくりした。何なんだよ、ゾロの奴。いつの間にあんな趣味作ったんだ、俺はナミじゃねぇぞ」 「大雑把なあんたと繊細な私を一緒にしないで、それってかなり失礼よ」 さり気にそういった意味の部分は否定せずにルフィの文句へ応酬する。 「お? サンジ今までどこにいたんだ――って、何だその格好。顔から頭からびしょ濡れじゃねぇか。キッチンで水浴びでもしてたのか?」 「・・・みなまで聞くな」 湿気った煙草を口をへの字にしながら歯噛みしている。 どうやら第1号の「犠牲者」はこの金髪の料理人だったらしい。 もがくゾロを蜜柑畑の隅に転がし、他のクルーは早急に甲板の隅に集まって作戦会議を招集する。 1歩遅れて参加したサンジも、今ひとつ顔色が優れないながらも何とかその場に留まる。 「手っ取り早く話しましょう、抵抗が強いからあまり保たないわ」 チラリと視線を動かしてロビンが先を促す。 「そもそどうしてこんなことになったんだ?」 「・・・オレが甲板であれこれ作ってた試薬のうちのひとつを、ゾロがおやつの差し入れと勘違いして飲んじゃったんだ。ちゃんと実験用のビーカーに入れといたのに・・・」 「何それ? ったく、何でそんな鬱陶しいことになるのよ!?」 「剣士さんにしてみれば、黄金の杯もビーカーも単なる器にすぎないのね」 「んで、肝心の解毒剤は? それがあれば一気にカタがつくんだろ?」 「それもウソップには言ったんだけど、鎮静効果のある薬草が足りなくてあの症状を緩和する薬は現時点では作れないんだ・・・」 「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」 嫌な沈黙が周囲に下りる。 そうなって来ると問題は効果の持続時間だ。 試薬だと言うからにはその効果は薄いのかもしれなかったが、その間クルーたちはずっと身の危険に晒され続け、しかもその対象はナミやロビンといった女限定ではないところがまた頭痛の種だ。 「・・・チョッパー、ちなみに効果はどのくらいで切れるんだ?」 「それが・・・」 口篭るところがまた周囲に不安の種を撒き散らし、そしてそれは悪い方へと予感的中してくれた。 「あれは希釈して使おうと思ってたものだから、それでなくとも色の割に中身の成分が濃いんだ。オレはいつも試してたし、いろんな薬に耐性や免疫ができてるから。でもゾロは人間で、それでなくとも薬なんて飲まないだろ? 効果は覿面だった、と思う・・・」 「だから、持続時間は!?」 「最低で数時間・・・悪くすれば半日以上は余裕で続くかと・・・」 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」 「・・・・ッ」 「どうした、ロビンちゃん?」 「ダメ、剣士さんもう脱走しようとしているわ。もうこれ、解除してもいいかしら?」 そう言って指し示しているのは当然彼女の能力で咲かせたハナの手のことで、そんなにも強い抵抗を受けているのかと誰もが心配げな面持ちになる。 だが、そこでロビンが呟いたのは、 「剣士さん、手だけでもいいらしくて・・・」 「ゾロの野郎、本気で見境なくしてハナの手でもいいってか――ッッ!!」 「許せねぇ、あんのクソ剣士が、ロビンちゃんのあの麗しい手を相手に一体ナニやらかしてんだ――ッッ!」 「コックさん、ナニだなんてそんな激しいことはまだしてないのだけれど」 「まだって何だよ、まだって!」 青くなって吼えるウソップに、チョッパーは呟くように言い添える。 「でも、今考えてみれば、ゾロも何も本当に誰彼構わずいいってわけじゃなくて、ただ状況がちゃんと視覚として見えてないんだと思う。でなきゃサンジやルフィにキスしたりしないだろ?」 「「言うんじゃねぇ〜〜ッッ!!」」 「あれは人間が好意を持った相手に示す行動なんだから、おそらく視覚で個々のオレたちは捉えられていないんだ。きっともっと抽象的な感覚で見てるんだよ、おそらく」 ならばどうすればいいのか。 結局舞い戻る根本的な問題に、クルーの誰もが頭を抱えて唸った。 「やっぱり誰かひとり、差し出すべきかしらね」 ぽつりと恐ろしげもなく呟かれたロビンの独白に、誰もが目を剥いて言葉を失った。 確かにそれが最良な手段のような気もするが、その白羽の矢の役に一体誰が名乗りを上げてくれるというのか。 だがそうして悠長に頭をつき合わせていられる時間も余裕もなく、クルーたちは蜜柑畑の端に肩を弾ませて一同を見ているゾロの姿を認めた。 一縷の望みを抱いてその顔を見たが、やはりその身体から薬の効果はまったく抜けておらず、どこか霧の中を彷徨っているような剣士はまっすぐかれらを捉えていた。 「うわああ、来たぁぁぁッッ!」 「あらいやだ、時間切れなのね。それで、どうするの? このまま全員で剣士さんの薬の効果が切れるまで逃げ回る? それはそれで楽しそうだけれど」 「楽しくねぇ! 半日以上だなんて絶対無理だーッ!」 「それなら」 妖しい光を湛えた紫色の双眸が細められ、後退しながら傍らの航海士を見つめる。 「やはりここは、航海士さんが適任かしら?」 「何で私がッ!?」 「そうですよ、ロビンちゃん! 何もナミさんを生贄に差し出さなくとも、何かいい方法が他にもある筈ですよ!」 「なら、剣士さんの衝動が収まるまで船の中に放置しておく? 姿を見つけられたら、今回ばかりは本気で最後だと思った方がいいわね。それでいいなら構わないし、もしも誰も嫌だと言うのなら私が行って鎮めてあげてもいいのだけれど。それでは航海士さんが納得しないでしょう?」 「そ、それは・・・!」 それぞれの思惑と視線が交錯し、思いがそれぞれに入り乱れる。 「ウ、ウソップ、今ロビンさり気にとんでもないこと言わなかった、か・・・?」 「ききき、聞かなかった、俺は何も聞こえなかったぞ!」 耳を塞いで頭を振る視界の隅では、ナミまでもあんぐりと口を開いているのが見えた。 冗談か本気か審議したい気持ちはあったかもしれないが、野獣と化したゾロが目前に迫っていることを思えばそれはいずれもほんの一瞬の出来事にすぎなかった。 意見は、ふたりを除いて呆気なく決まった。 「「「ナミ、頼む」」」 「だから、何で私がッッ!? あんたら全員10万ベリーの罰金よ! ロビン、あんただけは3倍だからね!」 「ええ、とっておきの宝石を差し上げるから頑張って」 「え、そうなのッ? それならちょっと頑張るかも――ってそういう問題? 全然違うし!」 「しょんな〜、んナミすわ〜ん、ロビンちゅわ〜ん!」 ふたりの仲は船内でも暗黙の公認とされていたので今更のような気もしたが、それでもナミにしてもあれこれ気分的な葛藤や弊害はある。 何をどう頑張れと言うのか、袈裟懸けの言葉を最後に周囲にハナの手が群がり、にじり寄ってくるゾロへと一気に身体を押しやられる。 それを抱き止めたのを幸いと、ゾロはしっかりと逃さぬ力で抱きしめた。 ゾロにしてみれば、その時の光景は集団で固まっていた光のうち、オレンジのそれが単独で飛び出して来たように見えていた。 そしてそれを腕に収めてみれば、今まで触れたどの光よりもしっとり肌に馴染むものだった。 自分が求めていたのはこれだったのかもしれない。 本能的に悟った腕は、より強固な力でそれを拘束した。 そうすることがすべてにおいて正しいと言わんばかりに。 いつもより強引な抱擁、いつもより性急な仕草。 それらは今のゾロにまったく余裕がないことを無言のうちに知らしめていた。 触れてみて初めて知る、ゾロの身体の異様な冷たさに。 いつも子供のように体温の高いこの男のこと、もしかしたら無意識のうちにそれらを埋める“熱”を求めていたのではないかとふと思う。 だがそれらが確証を得る暇もなく、無骨な手はオレンジの髪を掻き乱すように差し入れられ強引にわし掴んで上を向かせる。 そのまま噛みつくような口づけに思考も止まり、ナミは荒波のようなゾロの仕草に酔わされた。 「あらあら、こんなところでいきなり濡れ場を演じてしまうのかしら? 私はそれでも構わないけれど、船医さんたちにはちょっと刺激が強すぎるわね。せっかくだから女部屋までお送りするわ」 「ちょ・・ロビ・・・んん!」 唇の端から叫ぶが、荒々しく塞ぐ口づけの嵐の前ではそれすらも切れて迫力も何もあったものではなかった。 確かにこんな真昼間に甲板で押し倒されるのは堪らないが、それをクルー周知の下に送り届けられるのも如何なものか。 だが男の逞しい腕に拘束されて自由にならない身体は既に言うことを聞かず、そこへロビンの咲き乱れる腕に次々とリレーの要領で運ばれてしまっては何もなす術がなかった。 「ロビン、後で覚えてなさいよー!」 その声を最後に、女部屋の扉は無情な音をたてて閉じられた。 霧の中を彷徨っていた。 ふわふわと現実感がなく、あまりにも頼りない感覚ばかりの世界に掴めるものなど何もなかった。 襲い来る不安から闇雲に手を伸ばせば、不意にしっかりとした質感が掌や腕の中に納まるのを感じた。 ここぞとばかりに両腕でしっかりと絡め取れば、“それ”は喘ぐような甘い吐息を漏らして震えるように小さく跳ねた。 (・・・・・・?) 何事かと必死に目を凝らせば、オレンジ色の光にすぎなかったそれは徐々に形をなし、徐々に柔らかな質感と甘い香りを伴って腕の中に出現する。 白い躯。 甘い吐息と唇。 誘うように潤んだ蠱惑的なヘイゼルの瞳。 そのすべてが、今この瞬間己が身体の下で荒い吐息に震えている。 「ゾロ・・も、許して・・・」 弱々しく喘ぐ吐息すら甘くて、それだけで背筋を寒気に似た感覚が走り抜ける。 自分の意識の飛んでいた間どれだけ彼女を翻弄したのか、日焼けを知らないその素肌には既にいくつもの朱印が刻みつけられている。 意識の伴わない身体の満足など、本当の意味での満足になどなるものか。 そんな身勝手な自己完結が行動となって現れ、再びその唇から言葉を吸い上げ奪い取る。 「・・・ゾロ?」 「黙って全部感じてろ、ナミ・・・」 「ちょ・・・あんた、まさか・・・ぁあ!」 言葉を紡がせる暇もなく、再び荒々しく瑞々しい肢体を貪り喰らう。 何がどうあっても構わない。 今与えられている好機があるのなら、それを存分に生かさせてもらうのが得策だ。 それが身勝手な振る舞いと判っていながら、ゾロは再びナミを嬌声の嵐へと突き落とした。 「・・・チョッパー、薬の持続時間はどのくらいだって?」 「えと、長くても半日くらいかと・・・」 「なら何で、ふたりとも丸1日以上たってんのに部屋から出て来ねぇんだ!?」 「持ちつ持たれつ、予想以上に盛り上がっているのかもしれないわね」 「いやああ、ロビンちゃん言わないでぇぇぇッ!」 「どーでもいーじゃんよ、飽きれば勝手に出て来んだろうし。それより肉! サンジ、飯にしよーぜぇ」 「アホ猿! あの素晴らしいナミさんの身体に飽きるわけネェだろうが! ってナニ言わすんだ、想像しちまったじゃねーか!!」 「や、言ったのはサンジで・・・」 「やっぱり医学的見地から分析すると、あの薬にはこれだけ効果があるんだからやっぱ追加研究の余地があるってことで、その際人間とトナカイの体内変化の反応速度や度合いも含めて今後課題が――」 「やめんか、長っ鼻に非常食! んなこと言ってると、あンのクソ緑よりも先にてめぇらから料理すんぞッッ!」 キッチンは未だ阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。 そうして、女部屋では――。 「あ゛〜も゛〜・・・こいつ、絶対途中から正気だったに違いないんだから〜・・・」 ナミは甘く痺れる身体を指の1本すら動かすこともできず、たらふく食って満足げに眠る獣のように安らかに目を閉じるゾロを隣に見つめながら、小さく吐息を漏らすしかできなかった。 ・・・それでも。 (・・・こういうのも、いつもと違って刺激的で悪くはなかったかも。ってちょっとだけよ、ちょっとだけ・・・) そんな思いがチラリと胸を過ぎったのは、誰にも言えない彼女だけの秘密である。 <FIN> |