【おたのしみはこれからだ】    rokiさん

  ゾロ×ナミ×サンジ×ビビ×ルフィ→チョッパー×ウソップ






その日の空は何処までも青く晴れわたっていた。
その後、船上を吹き荒れた大嵐を予感するようなものは、何もなかった。


お楽しみはこれからだ



ウソップが、甲板に器財を広げて何かやっている。
彼がそうやって何か妖しい武器を作るのは、いつものことだ。
たまに何かの拍子で爆発を起こしても、個人レベルでの被害なら誰も(視線すら)送らないようになっている。
ルフィは、デタラメの鼻歌を歌いながら、そんなウソップの側を通り過ぎようとして……そのまま引き返してきた。
真剣な顔でビーカーに入れた薬品を振っているウソップを覗き込む。
「なんだそれ」
「うわっ!」
突然話しかけられ、ウソップは危うくビーカーを落としそうになる。
「んだよー、突然話しかけるなよ!危ねーな!落とすところだったろ!」
「だから何だよそれ」
全く悪びれず、興味津々の顔で尋ねてくる。
しっかりとビーカーを抱えたまま、ウソップは溜息をついた。
船長は退屈なんだな、と理解する。
「これはだな……まあ、聞いて驚け。天才ウソップ様発明のスタミナドリンク!」
「へぇー?」
「これさえ飲めば元気一千倍!パワー炸裂!病気後の回復役にもこれ1本!」
「オォーー!すげえっ!」
パチパチとルフィは素直に拍手をした。
まあまあとウソップが軽く手で制する。気のせいかいつもより鼻が長い気がする。
「まだ、発明段階だがな。見てろって、スゲエのを作ってやるよ」
「あー判った!それナミに飲ませるんだな!」
なかなか鋭いルフィの指摘に、ウソップはニンマリと微笑んだ。
彼らの航海士は、先日とんでもない高熱を発し、生死の境をさまよった。
幸い腕のいい医者に出会い一命を取り留めたが、その瞬間からちっとも安静にしてくれない。
献身的に介護に努めた青い髪の王女や、縁逢って仲間になった真面目な船医の心配など全く気にしない。
だがウソップとしては、そんなナミの気持ちの方がよく判ってしまったりする。
それならそれでよし。自分としては、ナミが少しでも早く体力を回復出来るよう、ちょっとばかし労力を使ってやろうではないか。
「よし!俺も手伝ってやるぞ!」
「えぇ?いいよ」
思わず真面目に断ってしまったが、ルフィはいいやと頭をふった。
「断るなよ、俺がやるっていってるんだから」
「……うーん……まあ、いいけどよ……なら、壊すなよ?力の加減には勘弁してくれよ?」
「おう、任せておけ!」
ルフィは笑顔でそう答える。彼のこういう安請け合いは、本当に安請け合いで終わることが多いのでウソップは警戒したが、結局手伝いを許した。仲間を助けてやりたい!という気持ちが彼の寝底にあることぐらい、ウソップにはよく判っていたのだ。
「それでどうするんだ?」
「おう、色々とチョッパーにも助言してもらったんだよ。レシピや材料も聞いてきたしな」
「じゃあ、それ全部入れようぜ!」
「えぇ?全部か?……まあ、いいか。えっとニガヨモギにユーカリにっと……これはアロマオイルでもらったんだよな」
「あ、これな」
ウソップがレシピを見ながら一つ一つ並べていったものを、ルフィが片っ端からビーカーに注ぐ。
「……思い切りがいいよな」
「それで他には?」
「えーっと、これは昨日立ち寄った島のおっちゃんから聞いたんだ」
そう言ってウソップが出したのは、小さな小瓶に入ったやけにドロッとした赤い液体。
「……なんだ、それ?」
「スッポンの生き血だと」
「血ぃ!」
「ちょっと不気味だけど、効くんだってよ」
そう言った親父は、どことなくスケベそうにイヒヒと笑っていた。
あれは何だったんだろうと考えた隙に、ルフィがそれを攫って、ビーカーにどぼどぼと注いだ。
「……本当に思いきりが……」
「んで他には?」
「えっと……これだ、鹿の角!」
じゃじゃーんと取り出したのは、本当に鹿の角ではなく、白い粉末になっていた。
ウソップが「ナミの為だ!」と頼み込み、若干引き気味のチョッパーの角を少し削らせてもらったのだ。
「まさに取れたて新鮮の鹿の角!」
「いけぇ!」
「今朝釣ったアンコウの肝ッ!」
「いったれ!」
「それしか言ってねぇじゃねェか!」
ありとあらゆる効きそうな物を、細切れにしたり削ったり、撹拌し上澄みを取りさらに加えて沸騰させたり爆発したり。
2人は恐ろしく真剣に、だがやってることは実に行き当たりばったりという適当さで、作業に取り組んでいった。


********


「……出来たな」
「……おお、多分な……」
何とも言い難い顔で、出来上がった「それ」をのぞき込む。
あれだけ大量に用意した各種材料を思いっきり濃縮したそれは、小さなビーカーにどんよりと蟠っていた。
ねっとりとした赤黒い液体は、まるでゲップのようにゴボリと気泡を泡立てて、甘酸っぱい匂いが当たりに漂わせた。
ルフィが横を向いて、ゲホゲホと咳き込んだ。
「うーん……スタミナドリンクって言うより、劇薬みたいだな……」
「どーするんだ?これナミに飲ませるんだろ?」
ちょっと涙目になっているルフィにチラリと視線を送って、ウソップは思わず腕組みをして考え込んだ。
「……あの警戒心の強い女が、これ飲むかな……」
「水で薄めてトマトジュースって言えばどうだ?」
「なんで、だまして飲ませようとしてるんだよ!俺は純粋に好意で作ったんだぞ!」
しかし、純粋な好意が結果として仇となることもあると、懸命なウソップはよく知っていた。
逆に卒倒して倒れたら……?弱ってるナミに、トドメを刺すようなことになったりして……と考えて思わずブルブルと震える。
ナミのことだ。例え墓場からでも甦ってきてでも、自分を殺しにくるだろう。
「じゃあ、別のヤツで試してみたらいいだろ。効くかどうかさー」
ルフィが珍しく建設的なことを言ってくる。ウソップもポンと手を叩いてみせた。
「そうだな、ナミの為なら喜んで身を犠牲にするヤツがいるしな」



白羽の矢を額に当てられたサンジは、目の前に置かれた小さなグラスを胡散臭そうに覗き込んでいる。
「当選おめでとう!」と書かれた垂れ幕がついた白羽の矢は、先がペコペコした吸盤になっている。それをポンと引っこ抜いて床に放り投げた。
彼の前、食堂の椅子にはルフィとウソップが座り、ニコニコと邪気のない笑顔を浮かべてサンジを見つめている。
「……で、これを飲めってか……?」
サンジが嫌そうに、グラスの中身を指さす。
表現仕様のない匂いが鼻孔を刺激し、嗅いでるだけで何だかムカムカしてくる。
こんなの飲んだら、舌がおかしくならないだろうか?
「そう言うな。ナミのためだ」
「いいじゃねェか、面白そうだし」
「それが理由かッ!」
口にくわえた煙草を再度くわえ直し、難しそうな表情を浮かべた。
「……ナミさんの為なら、そりゃ何でもしてあげてェけどよ……」
悩んでいるウソップに、そりゃそうだろうと頷きながら、ウソップは即効性の呪文を呟いた。
「だがな、サンジ。ここでひと肌脱いでくれたら、後でナミが感謝してキスしてくれるかもしれねェぜ?」
「俺に任せろ。何だって味見するぜ」
キラリと白い歯を光らせて、サンジが即座に向き直る。
「本当によく効く呪文だなぁ」
感心しつつ呆れかえるルフィに、ウソップが親指を突き立てた。
「んで、これを飲めばいいんだな?」
「おう、一気にいってくれ」
よっしゃ!とグラスを取り上げいざ飲もうとしたが、直前で決心が鈍る。
指3本でつまめるような小さなグラスの中に、赤黒いカオスがウゴウゴと渦巻いている。
漂ってくる濃厚な気配に、流石のサンジもくじけそうになった。
「どうしたサンジ!」
「ナミの笑顔を見たくないのか!」
「アイツがどうなってもいいのか!(?)」
無責任にはやし立てるルフィとウソップのヤジに、サンジはグッと唇を噛みしめる。
彼の脳内で、何故か白いドレスを着たナミがグッタリとベッドに寝そべっている。もちろん天蓋つきの豪奢なベッドだ。
「……サンジくん……たすけ……て……」
可憐な唇から弱々しい声が助けを求める。ほっそりとした白魚の指が、助けを求めるように宙をさまようのが見えた。
─俺がコレを飲まねばナミさんがッ!!─
「うおおおお!待っててくれナミさーーん!!」
叫ぶや否や、グビリと一息で飲み干してしまう。
「うわーー」
「飲んだぁー」
どーんと鳴った花火が綺麗だな♪と言いたげな顔で、2人はサンジの様子を嬉々として見守る。
飲み干した瞬間、サンジはピクリとも動かない。そのまんまで固まっていた……。
が、突然
「……ぷぎゅぉっおおRろぇっpおvpよ〜〜!!」

と謎の奇声を発して、流しへと走っていく。
内蔵を吐き出しそうな勢いで咳き込み、蛇口をひねって必死で水を飲んでいる。
まるで、今飲み込んだ物を少しでも薄めようとするかのように。
「お、おいサンジ。大丈夫か?」
流石に慌ててウソップが走り寄る。
その時、食堂の扉が開いてゾロがひょっこり顔を出した。
トレーニングの後でシャワーでも浴びたのか、裸の上半身の肩にタオルを巻いている。
「……何を騒いでるんだ?」
けひょーけひょー!と泣き叫ぶ男に、ゾロは不審そうな眼を向けた。
そんなゾロを、ルフィが笑顔で迎える。
「ゾロッ!トレーニングの後か?」
「ああ、なんか酒でも貰おうかと思ってよ……それ何だ?」
ゾロが指さしたのは、例のカオスの残りだ。まだビーカーに半分ほど残っている。
「これは、スタミナドリンクだ!飲むか?」
ルフィは笑顔で安請け合いした。
スタミナドリンクという言葉に、へぇとゾロが興味を持つ。
「貰ってもいいのか?」
「おう!だけど、全部飲むなよ?ナミの為に作ったんだからな」
「へえ」
からかうような視線を送り、ゾロもまたそれを口に含む。
だが、とてもじゃないが全部飲むなどという事は、出来なかった。
ゴクリと一口飲み込んだ後、背中が一瞬震える。
やがて
「ぼべvgうごふぉoFぉーーー!!」

と、こちらも謎の奇声を発し、ビーカーを放り投げ(ルフィがキャッチした)ウソップを突き飛ばし、流しへと突進する。だが先客がいた。
「Dけーー!Kそコック!!う゛ぉへぇ!う゛ぉへぇっ!」
「てめぇこそJゃましゅるな……ゲヒョッ!ゲヒョッ!」
小さな流しで、2人は涙と鼻水を垂らしながら押し合いへし合いで水を欲する。
そんな様子をぽかーんと眺めていたウソップは、ううむと首を傾げた。
「……ルフィ、こりゃあ……失敗かもよ……」
「えー?そうなのか?つまんねーなー」
「うーん……もう少し水で薄めてみっか?」
「そんな事して、効力なくなんね?」
真面目な顔で、ああだこうだと話し合う2人の背中に、ゾロとサンジの怒声が響く。
「んなの、効力もへったくれもあるか!あほんだらぁ!」
「とっとと捨ててこい!ボケッ!ナミさんに飲ませたら、ホントにオロスぞ!」
怒りの鉄槌を下ろそうとしたが、その前に2人は脱兎のごとく逃げ去っていた。
だが今は追う気力もない。
ヘロヘロになって、その場にへたり込む。
「……ああ、ヒデエ目にあった……」
「まだ……口の中がピリピリする……」
「うっげえ……思い出したくねぇ……」
まだ口腔内に、あの味わいがコールタールのようにへばりついてるように思えて、サンジはもう一度コップに水を汲んで飲み干した。
海水を濾過した水が、鮮烈な清水のように喉を潤す。しかし、それも一瞬だ。
体内に取り込まれた液体に、臓腑の奥を浸食されたような気がする。
ドッと汗が首筋から噴き出してきた。
暑いというより、熱い。
熱がカァッと腰、背中、首を通って脳を直撃してくるようだ。気持ち悪さにぶるんと首を振る。
「……おい、水をくれ……」
ゾロが死にそうな声を発している。
普段のサンジなら、何で俺がと言いつつ、氷まで入れて差し出してやったろう。例え相手がゾロであってもだ。
だが、今はイライラとした様子でゾロを振り返ろうともしない。
「……ふざけんなテメエ……水ぐらい、自分で入れろ」
「……ああ?」
キッチンテーブルに持たれていたゾロが、恐ろしく剣呑な声を上げた。
その口調にもイライラとしてきて、サンジはうざったそうにネクタイを緩めた。
どうやらサンジが動いてくれる様子がないのを見て取り、ゾロはノロノロと立ち上がるとコップを取りあげて、水を注いだ。
ゴクゴクと音を立てて、水を飲み干す。
その喉を鳴らす音がやけに耳障りで、サンジはますます苛ついていく。
腹の奥から黒々とした怒りが沸き起こり、それがサンジを煽っていくようだ。
「おい……下品な飲み方すんな……」
「……悪かったな……」
ゾロは態とらしく大きな音を立てて、グラスを流しに転がした。
それを見たサンジのマユゲが、ピクッと引きつる。それを見たゾロが、鼻の頭に皺を寄せた。
「……てめえ、なんだその巻いてる奴は……」
「マユゲだろ、知らねェのかッ!!」
お互い、喉の奥で小さく唸りながら、静かに相対する。
奇妙なほど、暴力的な気分になっている。
とにかく熱いのだ。
体内に突然出来たボイラーが、お互いの感情をどんどん燃えたぎらせる。
その熱気に煽られるように、目の前の男への殺意が高ぶっていく。
「……前々から思ってたが、テメエにそういうピアスとか似合わねェから」
「それがテメエに迷惑かけたか……そのマユゲの方がありえねぇだろ」
「ありえてるんだろ!存在してるからココに!!」
ギシギシと殺意が膨れあがっていく。
殆ど無意識に距離を測っている。
「闘んのか、コラ……」
「……俺はいいぜ別に……」
「そうか、そうか。ちょうど良かった……靴を磨かねェといけなかったんだよ……テメエの血で間に合わせるか」
「……靴を拭きたいなら、その首にぶら下がってる布きれで十分だろ」
いっそ冷笑するゾロの前で、サンジは無言でネクタイを締め直した。
本気らしい。
「……後悔するなよ……」
「そっちこそな……」
事態は風雲急を告げ、食堂は一気に闘技場と化しつつあった。
ゾロは刀の鍔に手をかけ、サンジは煙草に火をつける。
空気がお互いの闘気でビリビリと震え、沸騰し、爆発寸前となった時。
ドアの向こうから軽やかな笑い声が聞こえてきた。
ガチャリと無造作にドアは開き、華やかな声と涼やかな風がふわりと流れ込む。
「助かったわ〜ビビのおかげで、計測もはかどったわよ」
「んもう、ナミさんったら、ちっとも安静にしてくれないんだもの」
ビビが少し怒ったように、その白い肌をぷぅっと膨らませてみせた。
ナミは小鳥のように楽しそうに笑って、ビビの頬を突いてみせる。
「もう……心配性ねぇ!すっかり元気になったって、言ってるでしょ?それより手伝ってくれたのは、本当に有り難いと思ってるのよ」
「……だって、これぐらいしか出来ないし……」
「そんなことないわ。アイスティーを入れてもらうとかね」
「あ、ズルイ!」
そうして2人顔を見合わせて、クスクスと笑いあう。
「いいわ!とびっきり美味しいのを入れてあげる。ナミさん、座ってて!」
「はいはい、楽しみにしてるわ……ん?」
軽やかに宣言して振り返ったビビも、テーブルに計測図や筆記具を置いたナミも、厨房に立ちつくす男2人にやっとで気づいた。
「あら、アンタ達いたの?」
「2人ともどうしたんです?」
少女2人は、キョトンとした顔で小首を傾げた。
ゾロとサンジが、何やら異様な気配を発しながら、少女2人を凝視していた。
「あっ!判った……また喧嘩でもしようとしてたんでしょ!」
ナミがキッと胸を張って、つかつかと2人の間に割り込む。
ゾロが刀の鍔に手をかけてることに気づき、ジロリと下から睨み付けた。
「アンタ達ね!止めてよねこんな狭い場所で!ただでさえ、この船は損傷が激しいのよ!」
「……う………」
ゾロは何も言い返せない。ただ目線が落ち着かなそうにナミの顔と胸元を彷徨っている。
サンジの元にビビが走ってきて、まあまあと宥めた。
「何が原因か判らないけど……喧嘩は止めてね?サンジさん」
ね?と宥めるようにニッコリとビビは微笑む。
サンジは、その笑顔から視線がはずせない。火の点いた煙草を危うく落っことしそうになっている。
ビビは大きな目を不思議そうに瞬かせて、じりじりと灰になっていく煙草を指さした。
「サンジさん……煙草……」
「あっ!は、はい!」
淡く色づく瞳にうっとりと魅入っていたサンジは、慌てて厨房に常備してある灰皿に煙草をもみ消した。
「どうしたの?サンジさん」
「アハハ!い、いやあ、その!な、何でもないよ」
「そう?あ、アイスティーを作りたいの。サンジさんも飲む?」
「え……いや、俺が……」
「いいの、いいの。ミスター・ブシドーのも作ってあげるから、ナミさんも、座って待っててね」
「はいはい、宜しくね〜」
ナミは、手をひらひらさせながらテーブルへと向かう。資料の整理をしたいのだろう。
ひらひらのミニスカートから、スラリとした足が伸びている。
ゾロはふらふらとその後を追った。
太すぎもせず細すぎもしない、弾力のありそうな白い太股が誘うように動く。
ナミは椅子の一つを引いて、滑らかに腰をかける。
そんな些細な一連の動作すら、いちいち反応してしまう。
ふわりとした柑橘系の匂いが、すっと鼻先を遊んでいった。
さて、と用意した資料に目を通そうとしたナミは、自分の横に呆然と突っ立っている男を見上げた。
「なにやってるの?」
「……あ……いや……」
胡乱な目をしているナミの視線すら、今の男には眩しい。まして、その下に豊かに盛り上がる胸元とか覗いた日には……ゾロは物理的によろけそうになった。
「そんなとこ突っ立てないで、座ったら?」
男の様子が変に思われたが、この男は元々変な奴だ。
「……い、いいのか?」
「どうぞ?そんなとこ立ってられても、暑苦しいし」
ゾロは、一呼吸置いてからナミの隣の椅子に重そうに腰をかけた。
座った瞬間の衝撃が、腰の辺りに響き小さな呻き声をたてた。


「やっぱりアイスティーなら、アールグレイがいいわよね、サンジさん」
ビビが楽しそうに、綺麗に並べられた紅茶の缶を調べている。
「……ああ、そうだね……」
サンジはというと、そう言うだけで既にいっぱいいっぱいだ。
後ろ姿のビビの丸いお尻から、目が離せないのだ。
ショートパンツに包まれた可愛いお尻が、誘うように揺らめいている。
今までだって、そのお尻に楽しい想像を働かせなかったことはけしてないとは言わないが、こんな切羽詰まった緊張はなかった。
喉がカラカラになっている。
彼の目の前にいるのは、可愛い可愛い子羊ちゃんだ。しかも無警戒。
俺は狼。臨戦態勢。
子羊ちゃんなら食うべきだろ。いや俺は料理人だし……だから美味しく調理して……
あんなことや
こんなことを
ウヒ
グヒヒ
「サンジさん?」
暗い妄想に顎まで使っていたサンジは、目の前にその子羊の心配げな顔がドアップで来て、思わずギャッと飛び上がった。
「どうしたの……?なんか変……」
「あ、アハッ!アハハ〜〜」
心臓が破裂しそうなほどバクバクいっている。
頼むから血液をそんな勢いで注送しないでほしいと、サンジは切に願った。
脂汗をダラダラとかいているサンジを、ビビは心配そうに見上げた。
「気分でも悪いの?」
ぷるんとした桜のような唇が、可愛い声でさえずる。
だが今はその唇に何かくわえさせてやりたい……。
「ふぐあああっ!!」
もの凄い勢いでサンジは壁に己の頭を打ち付けた。
ビビが驚いたように肩をビクッとさせる。
「……サンジさん……?」
「あ、アハハ……な、何でもないんだよ〜ビビちゃん……ちょっと頭が痒くて……」
額から血を垂らせながら何でもないとも言えないが、それでもサンジは引きつりながらも笑ってみせた。


作業に取り組むナミの横顔から、ゾロは目が離せない。
ハラリと頬にかかる後れ毛を時折、すっと耳にかける。
それが堪らなく色っぽい。
舌を這わせてみたい……。
どんな味がするかと、想像してみたこともあるが、これほど苛烈な激情に駆られたことはなかったように思う。
相当ヤバイ。重傷だ。原因が何かなどわかっている。
あのクソッタレなスタミナドリンクだ。
腰から下が燃えさかっているようだ。激烈に熱く、解放されたがっている。
このままではヤバイのは判っている。とにかくここから出て、あの長鼻の馬鹿かゴムの馬鹿でもなんでもボコボコにして気を紛らわすべきだ。
そうでないと……と思った時、厨房からもの凄い音がした。
「サンジさん?!」
ビビの声が聞こえてくる。そういえば、あの馬鹿もいたんだったか。
「どうしたの?」
ナミが怪訝そうに、顔を上げた。
くそ、そんな顔もたいそうそそる。
厨房からサンジの情けない声と、心配するビビの声が聞こえてきた。
あっちも何とか耐えているようだ。となると俺が先にキレるのはな……
「ちょっと大丈夫なの?」
ナミがそう言って席を立とうとした。
ゾロは反射的にその腕を捕まえてしまった。
「ん?」
「あっ」
掴んだ瞬間、後悔した。
やっちまった!ウアアア、なんつースベスベしてやがるんだ、こいつの肌は!!!
指も白くて細い……こんな指でアッチを握られたら……。
「ちょっと、ゾロ。あんた熱があるんじゃない?」
ナミはそう言って、男の顔を覗き込む。
ヘイゼルの美しい瞳に正面から見つめられ、ゾロは背筋がビクンとなった。
「……そ、そんなこたぁ……」
「ウソ。だって顔とか赤いわよ」
無造作に額に掌を置く。ギュゥッと腰が跳ね上がりそうになった。
「うあ」
「何よ、変な声出して……やっぱり熱があるわよ!」
ナミのその声に、ビビが反応する。
「そういえば……サンジさんも、何だか目元が潤んでるわ」
ビビもその白い手をサンジの額に置こうとする。
さらりと髪の毛がよけられる気配に、サンジは思わず腰を引かせた。
「あへ」
「どうしたの?」
「う……いや何でも……」
「やっぱり熱があるわ!ナミさん、まさか……」
ビビの声に緊張が混じる。
「まさか……ケスチア?」
自分がかかったあの恐ろしい熱を思い出し、ナミはブルッと身体を震わせた。
「ゾロ。何処か身体が痛いところない?寒気とかどう?」
「うっ……」
痛いといえば、もう股間が痛くてたまらない。
が、かろうじてその言葉をゾロは飲み込んだ。
実際彼は、目の前のナミから漂う色香に、陥落の一途を辿っていた。
いつもより女の匂いが強く感じられるのは気のせいなのか、クスリのせいなのか。
少しでも距離を置きたいのだが、少しでも動こうとすると腰に響いてキツイのだ。
更にナミが気配を察して、彼の肩を捕まえる。
「ちょっと、何逃げようとしてるの!ちゃんと答えなさいよ」
「……ばかやろ……」
「なんですってぇ?」
逃げたいのはテメエの為だってのに……とまでゾロは言葉を発せられない。
肩に置かれた手がもどかしい。
今、置いて欲しいのはそこじゃない!と心の中で絶叫していた。
「サンジさん、大丈夫?」
床にぺったりと座り込んだサンジに、ビビが心配そうに身を寄せてくる。
薄いブルーのキャミソールは、少し指をかけただけで引きちぎれそうだ。
サンジは本当に泣きそうだった。
彼の中の狼がどんどん大きくなって、はち切れそうになっている。
実際、彼もそうしたいのだ。何とか押しとどめているのは、大切な彼の仲間でありお姫様である彼女を泣かせたくないという思いだ。
だが、そう思う端から「いいじゃん、泣かせてやろうぜ。ヒッヒッヒ」と思考が端から寄せてくる。
「サンジさん、本当にきつそうよ!待ってて、今すぐトニーくんを……」
そう言ってビビがその場から身を翻そうとする。
「あっ!」
サンジは思わずそのビビの腕を捕まえていた。
急にグイッと引き寄せられたビビは、その場でお尻から倒れてしまう。
「きゃっ!」
転んだ先は、サンジの股間だった。
「ぴぎゃあっ!!」
「あ、ゴメンナサイ!」
あまりの絶叫にビビの方が思わず謝ってしまった。
サンジは聞いているとは見えない。ピクピクと身体を弛緩させている。
「……サンジさん……?」
サンジの腰の上で上体をずらしたビビは、確かにお尻の下に固い存在がある事には気づいた。
ベルトのバックルかと思ったが、それにしてはやけに盛り上がっている。
「……ピストル?」
しかし、そんな所にピストルを隠すのだろうか?
ビビの動きに、サンジの腰がピクリと震える。
ピストルはまた固くなったようだ。

厨房の様子を気にしながらも、ナミは目の前の男が脂汗をかいてることに目を見張った。
「ゾロ、熱いの?」
「……あちい……」
「お水飲む?」
「水より……」
何か言いかけて、ゾロはブルブルと首を振った。その先はとても言えなかったのだ。
「しっかりしなさいよ」
ナミはゾロがまだ首にかけてあるタオルを取って、それで彼の汗を拭ってやった。
男の身体がビクリと震える。
あまりに恍惚とした表情に、ナミはよけいなことをしてしまったかとちょっと引きそうになった。
「あのね、チョッパーを呼んでくるから、大人しくしとくのよ?」
自分もこんな風に苦しんでいたんだろうかと、ナミは内心首をひねった。
だって、これじゃあ欲情してるみたい……と思い、顔を赤らめる。
いくら何でも苦しそうな相手に、そんな風に思うのは申し訳ない。
「……なに赤くなってるんだ……」
「え?べ、別に……」
「どこ……いくんだ……」
「だから、チョッパーを……」
「チョッパーでどうにか出来るか!」
ラリッたような大声で、ゾロはナミを捕まえて引き寄せた。
「キャッ!」
弾みでナミはゾロの膝にドスンと横座りする羽目になる。
「ちょっと!なにをす……」
文句をいいかけたナミは、妙な違和感を感じた。
何か固いものが腰に当たっている……なんだろう……。
「……刀?」
恐る恐る口に出してみる。
でも、そんなところに刀があるって変よねー?
「……刀だ」
ゾロがボソリと呟く。地獄の底から這い上がってくるかのような声音だ。
「え?……でも、こんな場所に刀って……」
あるのかしら……と思いつつ、ふと思いついた想像にナミは背筋を凍らせた。
位置を確かめるようについと尻を動かすと、密着したゾロの身体がビクンと震えた。
当たっているそれが、更に硬度を増したような気がする。
ビビもまた、同じような疑問にかられていた。
一応、知識として知ってはいても、まさかそれがそうとは結びつかない。
突然、サンジがビビの剥き出しの肩を捕まえた。
骨張った長い指が、やけに熱い。
「サンジさん……やっぱり熱があるんじゃ……」
男の異様さに気づきながらも、窺うように尋ねてみる。
「…………ある……」
「……え?」
「……熱……あるんだ……」
「う、うん。だからトニーくんを……」
そんな会話がナミにも聞こえてくる。
「そうよ、ゾロ。チョッパーを呼んでくるから……」
「必要ねぇ……」
ボソリとゾロが呟く。
「な、なんで?」
顔を引きつらせながら、ナミは答えた。
逃げ出したいのだが、いつのまにかガッシリと腰を捕まえられ逃げられない。
「……いいんだ……」
厨房ではサンジが、譫言のようにボソボソと語っている。
「ど、どうして?」
流石のビビも、この場から逃げ出したがっている。だがもの凄い力で捕まえられて動けない。
「それは……」
「それはねぇ……」
見開いた男達の視線は、獣のようにギラリと輝いた。
「「お前(キミ)がいるからだッ!!」」




デッキで本を読んでいたチョッパーは、うーんと伸びをしてから腰を上げた。
「いい天気だよなぁ」
ちょっと喉が渇いてきた。食堂にいって水でも貰おう。
いや、サンジのことだから美味しいジュースでも飲ませてくれるかも。
ホクホクとデッキから降りてくると、マストの下ではルフィとウソップが、ああでもないこうでもないと議論していた。
彼らの周りには、ニンニクやら韮やらレバーだのカカオだの様々な物がうずたかく積まれている。
これはもしかして、この前言っていたスタミナドリンクの件かもしれない。
「どうだ?作れたのか?」
「おうチョッパー。難しいなーこれって」
慎重にクスリを混ぜていたウソップが、よぉっと手を挙げる。
「なんか、だんだん飽きてきたなー。いいじゃん、ガバッと入れろよ」
「お前がそれやったから、さっきはおかしくなったんだろ!」
ウソップが吼える。チョッパーが、へぇっと興味を示した。
「出来たのか?」
「いやあ、どうもうな。失敗したっぽいからさ。もう一度練り直そうかと」
「うんうん、実験には失敗はつきものだよ」
チョッパーがしみじみと頷く。そうだよなぁと、ウソップも同意した。
のどかな午後の太陽の下、ほのぼのとした光景が続く。
「組み合わせにもよるからな。最初に作った材料はどれだ?それからまた別のパターンを試してみて……」
「あ、これ全部だ」
ルフィがあっさりと頷く。
チョッパーの動きが止まった。
「全部?」
「そう、全部」
こくこくと、ルフィとウソップが頷く。
チョッパーは散乱した恐ろしい量のブツを見渡す。
「……そんなに大量に?」
「いんや、思いっきり濃縮したからなー。最後はこれぐらい」
そう言って最初に作った小さなビーカーを差し出す。まだ少し残っていた。
匂いをちょっと嗅いだだけで、チョッパーは倒れそうになった。
「……あれだけの量で、たったこれだけ……?」
「ああ、最初はもっとあったぞ。ちょっとゾロとサンジに試しに飲ませてみたんだ」
「2人とも、えらい苦しんでたからさー。あ、これ失敗したんだって」
それを何故そうも笑顔で言えるのかと言いたいぐらい、ルフィがへらへらとしている。
「……あの2人が……飲んだ?」
チョッパーの顔がみるみる青ざめていく。実際、毛だらけの顔がどうやって青ざめて見えるのか判らないが、とにかく青ざめていった。青い鼻も気のせいか、いつもより濃くなってるように思える。
その時、絹を切り裂くうら若い女性の悲鳴が、食堂から上がった。
「キャーー!!」
「イヤーー!!」
「なんだ?」
ポカンとするルフィとウソップに構わず、チョッパーは脱兎のごとく勢いで食堂へと走っていく。
「ら、ランブルボール!!」
取り出したランブルボールを噛み砕くと、チョッパーは夕刊にも虎と狼が猛り狂う食堂へ躍り込んだ。
「どーしたんだろうなー」
「どーしたんだろうな?」
取り残されたルフィとウソップは、キョトンとした顔を見合わせた。



。∴∵°。('▽')('▽')。∴∵°。



ごりごりごりごりごりごり

チョッパーが眉間に皺を寄せて、幾枚かの葉っぱや豆をすりつぶしている。
目が据わっている。不機嫌を絵に描いたような顔だ。
「なぁ、チョッパー。そんな怒るなよ?」
ウソップが機嫌を窺うかのように尋ねる。彼はチョッパーの頭に包帯を巻いてやっていた。
勇敢な船医は顔面の片方を随分と腫らしている。右目の横も切れているようだ。

彼が部屋に飛び込んだ時、ゾロは食堂のテーブルにナミを押し倒して股の間に顔を突っ込んでいたし、厨房ではサンジがビビの両手をネクタイで縛り上げ、彼女のズボンに手を突っ込んでいた……。

「イテテ」
口の中も随分と切っている。
よくもまあ無事だったものだ。1人を抑えてる間に別の1人が事を起こそうとするし。それを止めようとすると、後ろから蹴られるし……。
「……だから、もう少し遅れてくりゃ良かったんだよ!俺は先っぽが入ってたんだぞ」
鎖で巻かれて食堂の床に転がされてるゾロが唸った。
まだ暴れたりないようで、縛られたままそこら辺を転がっている。
「くそう!あの女連れてこいーー!!」
そう叫くゾロの横で、これまた鎖で巻かれたサンジがしくしくと泣いていた。
「ビビちゃん、幻滅したかなぁ?俺のこと嫌いになったかなぁ?」
「絶対にそうだな」
ゾロが無情に答える。
「うぎゃあああああッ!」
サンジがゴロゴロと泣きながら転がり、隅っこでまたシクシク泣き出した。かと思えば
「だいたいテメエのせいだろうがッ!くされクスリなんか作りやがって!テメエ憶えてろ、長ッ鼻ッ!その鼻もいで食わせてやっからなッ!」
と、獣のように牙を剥いてウソップに吼えかかる。
「あぁああーー!あちいんだよクソーー!ナミーー!こっち来ーーい!テメエ、濡れ濡れだったろうがぁぁぁぁ!」
と叫く男の横で、サンジは必死で己の片手を引っこ抜き、くんくんと匂いを嗅いで「ビビちゃん……」とか呟いて思い出に浸っている。
悪夢だ……。
ウソップは流石に己のしでかした罪の重さに呻いた。
「チョッパー……それ、解毒剤とか消炎剤とかそんなんだろ?」
「……そうだよ」
いつもは愛嬌のある可愛いトナカイだが、今はむっつりと答えるだけだ。
「その……早く作ってあげられないかな……?何かコイツら全然治まらないみたいだし……」
「…………」
チョッパーは無言でゆらりと立ち上がった。とてとてと食堂から出て行く。
「ど、何処にいくんだ?」
背後で呻く獣2匹に怯えつつ、ウソップが慌てて呼び止めたが何も言わない。
だが、再び戻ってきたチョッパーの手には、ティッシュの箱が2つ抱えられていた。
それを獣2匹の前にドンと置く。
「……チョッパー先生……それなに?」
「間に合わせの特効薬」
それはそれは重い空気が、食堂に満ちた。
「どーぞ」
氷のように冷たくトナカイが進める。
それから彼は再び作業に戻った。
「…………うごおおお!」
屈辱を通り越したような奇声を発して、2人はその特効薬を取り上げると、それぞれの行為に没頭し始めた。もの凄い勢いでティッシュがばらまかれていく。と、同時に強烈な匂いが……。
この世の物とも思えない阿鼻叫喚を聞きながら、ウソップは思わず顔を伏せた。
地獄だ……。
食堂はしばらく風通しをよくしないといけないだろう……。
「……ところでルフィは?」
「ああ、実験の後片づけさせている」
ルフィがチョッパーの治療とか出来るわけじゃないので、そっちの方を任せたのだ。
(待てよ?アイツ、ちゃんと出来るかな?)
ふと不安に思いはしたが、すぐにチョッパーに呼ばれる。
「ウソップ、右目が痛いんだけど」
「あ、はい。ただいま」



その頃、ルフィは一応後かたづけをしていた。
していたといっても、材料を海に捨てているだけだが……。
それから、先程自分達が作ったスタミナドリンクを覗き込む。
あまりにも匂いがきつくて、何でも食べるルフィでも食する気になれなかった。
「でも、アイツらがすげえ暴れっぷりだったなー」
ってことは、やはりパワーが出たってことか?等と考えてみる。
匂いにもいいかげん慣れてきたし……

「ちょっとだけ、飲んでみよっかな?」

幸い、少しだがビーカーの底に残っている。
鼻を摘み、あーんと口を開けて、それを垂らしこんだ。
赤黒い液体の沈殿した最も濃い液体が、最も危険な男の体内に入り込んだ。


********


「まったくもうー!アイツら、勘弁しないわッ!次の島で絶対に代わりの服を買わせてやる!」
女部屋では、ビリビリに破かれた洋服や下着を手に持ってナミがブンブンに怒っている。お気に入りだったのだ。
その隣で、ビビがふぅっと吐息をついている。
サンジが上手かったのか(笑)洋服を破かれるということはなかった。
ただ、濡れた下着が何とも気になる。だからといって、ここで着替えてナミに見られるのは恥ずかしい。
「大丈夫?ビビ」
「う、うん……大丈夫……」
「いいのよ、別に。下着替えてきたら?」
「なっ!」
からかうようなナミの声に、ビビの顔がボッと赤らむ。
「判るわよ、さっきから腰がもぞもぞしてるし……」
「うわーーん!言わないでぇーー!」
真っ赤になったビビが、ナミの口を塞ごうとする。きゃいきゃいと笑ってナミは逃げ回る。
「着替えてくる!!」
「ここでしたら〜?」
「嫌です!!」
散々からかわれてムゥッと怒ったビビは、替えの下着を取り出すと女部屋から出て行った。
あれだけ可愛ければサンジでなくても襲いたくなるなぁと、ナミはクスクスと笑った。
彼女自身にもまだ熱が残っている。
獣のような男の荒々しい愛撫に最初は驚きはしたが、途中で離されたことはちょっと残念だった……。
「うーん、もうちょっと遅くても良かったかな?」
ペロリと唇を舐めた顔は、妙なクスリに頼らずとも迷わされる魔女の顔だった。


女部屋から出たビビは、そのままトイレに向かおうとしていた。部屋から上がればすぐ側が風呂場件トイレ。
倉庫の扉は開いていて、マストの下に誰か座り込んでいるのが見える。
ビビはギョッとして、咄嗟に手に持った下着を隠す。
その人物は彼女に背を向けている。周りには、まだ妖しいクスリで使った材料が数々。
折しも逢魔が時。赤い夕焼けが残り火をその背中に射していた。
「……ルフィさん……?」
身動き一つもしないその背中に、ビビはちょっと不審な気持ちを抱く。
持っていた下着をしっかりとポケットに入れて、後ろから声をかける。
「ルフィさん、どうしたの?」
そう呼びかけた時、男の背中がビクリと弾けた。
その動きにビビは嫌な予感に襲われる……。
先程、サンジもそんな動きをしなかったか?
「…………ルフィ……さん?」
呼ばれたルフィが、ゆっくりと顔をビビに向けた。
獲物を見つけた獣の目が、ギラリと光った。




ゴーイングメリー号の長く騒々しい夜は、これからが始まりだった。


<終ったら終わり>










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